毛沢東語録を引用するワケ
この発想は、「闘争」というキーワードで国内外政治を解釈していた毛沢東時代を彷彿とさせる。そういえば4月25日に開催された政治局会議では、この米中貿易問題について初めて「闘争」という言葉が使われた。その前の4月10日、外交部報道官の毛寧はSNSのXで、なぜか毛沢東が1953年2月7日、中国が朝鮮戦争に派兵した時の動画を投稿して、毛沢東が「かれらは(トルーマン、アイゼンハワー両米大統領は)必要な限り戦い、(我々は)完全勝利まで戦う」と述べた、と紹介。「我々は中国人であり、挑発を恐れず、退かない」とキャプションをつけた。
4月11日、毛寧は再びSNSで1964年の毛沢東語録の有名なセリフ「米国は一部の国に対して吠えて脅して我々の邪魔をするが、それは張り子の虎に過ぎない。信用するな、突けば穴が開く」を紹介。4月28日には、北京日報も毛沢東の持久戦論を引用し、「一世代一世代と抵抗戦争を受け継いでゆく」「一世代一世代の上甘嶺(朝鮮戦争の激戦地、三角丘の戦い)がある」と主張を展開した。29日に配信された動画「不跪」は、こうした毛沢東的プロパガンダの流れの中にあった。
これは私の想像だが、中国共産党習近平政権が、今改めて毛沢東語録や毛沢東詩を引用して中国人の反米ナショナリズムを煽ることの意味は、逆に言えば、習近平自身が、やはり自分の権力が危ういと相当の焦りを覚えているということではないか。
毛沢東はプロパガンダの天才で、持久戦論など抗日戦争時代の演説は海外でも翻訳され広く読み継がれている。だが、新中国建設後の毛沢東政治は失策のオンパレードであり、そのことで権力維持が危うくなったものだから、お得意のプロパガンダで若者たちを動員し文化大革命を引き起こし、政敵を粛清していった。毛沢東は常に外部に敵を作り、敵意を煽ることで自分への求心力を維持することに成功してきた。
今の習近平は、まさしくかつての毛沢東と同じような政策の失敗により国内政治、経済、軍事が不安定化している。すでに一部人民の不満が政権や習近平個人に向きかねない状況が起きている。だからこそ、洗脳されやすい若者に対し、プロパガンダを使い、その不満を米国への敵意に変えたり、金持ちや投資家、ブルジョワジーへの不満を煽ったりする必要に迫られてきたのだ。
だが習近平は毛沢東ほどプロパガンダの天才ではなく、その言葉には毛沢東ほど力がない。結局、毛沢東以上のプロパガンダ文は作れないと気付いたから、改めて持久戦論が大増刷されて、外交部まで毛沢東語録や毛沢東詩を引用するようになったのではないか。