世界の金融センターでささやかれる2つの問い

「この政権は米国以外の世界を軽蔑している。貿易戦争はその最新の事例にすぎない」

 かつて米財務省に幹部として在籍し、現在は英国の金融シンクタンク、公的通貨金融機関フォーラム(OMFIF)の米国議長を務めるマーク・ソベル氏はこう語る。

「信頼されるパートナーであり同盟国であることが米ドルの優位性を支える重要な柱となっていたのに、それがきれいさっぱり捨てられた」

 この「トランプ・ショック」の後、世界各地の金融センターでは、互いに関連しているが微妙に異なる2つの問いがささやかれている。

 第1の問いは、最近のドル下落はどこまで進む可能性があるか、というものだ。

 米国の資産運用会社アポロ・グローバル・マネジメントのチーフエコノミスト、トルステン・スロック氏によれば、外国人は米国株を19兆ドル、米国債を7兆ドル、そして米国企業の社債を5兆ドル保有している。

 一部の投資家がポジションを縮小し始めるだけでも、ドルの価値に持続的な下押し圧力が加わることになる。

 第2の問いは、米国からの資金流出が加速すると、世界の経済・金融システムにおけるドル特有の役割も最終的に縮小するのではないか、というものだ。

 ドルの価値は上昇と下落をずっと繰り返してきたし、批判的な人々はひっきりなしにドルをけなしてきたが、ドルの優位性は崩れていない。

 しかし、トランプ・ショックの規模は1世紀近く続いたその優位性を終わらせる可能性があると考えるアナリストや投資家も存在する。

「米国は100年もの間、基軸通貨という地位から利益を得てきた。この仕組みを解体するのに100日もかからなかった」とPGIMフィクスト・インカムの共同投資最高責任者、グレゴリー・ピータース氏は語る。

「これは一大事だ」

新たな形で高まるドルの重要性

 ニクソン政権の財務長官だったジョン・コナリーは、ドルと金との交換停止から程なくローマで開催されたG10(10カ国蔵相会議)に出席した。

 テキサス生まれで大げさなことを口にするコナリーは、交換停止という事態にショックを受けていた諸外国の大蔵大臣に向かって「ドルは我々の通貨だが、あなた方の問題だ」と言い放った。

 トランプ政権の見方はこれとは正反対だ。

 コナリー風に言えば、「ドルはみんなの通貨だが、米国の問題だ」となる。ひねくれた言い方に聞こえるかもしれないが、実はそうでもない。

 ニクソンが1971年にドルと金のつながりを断ち切ったにもかかわらず、ドルはずっと通貨の世界の中心であり続けている。

 実際、各国の金融システムがますますからまり合って拡大してきた世界の金融システムでドルが重要だったために、その重要性は高まる一方だった。

 ニクソン・ショックはドルの重要性を低下させるどころか、新たな形で高めることになった。

 最近では、米国の経済規模は世界全体のおよそ4分の1を占めるにすぎないが、国際通貨基金(IMF)によれば、世界の公式外貨準備高の57%がドルで占められている。

 中央銀行の準備に占めるドルの割合が過去数十年にわたって低下してきたことが盛んに取りざたされてきたものの、外貨準備の統計ではドルの中心的な役割が過小評価されている。

 政府や準政府機関が管理しているのにIMFの外貨準備の統計で捕捉されない外貨のプールは少なくない。

 またモンゴルの銀行やチリの年金基金、欧州の保険グループ、シンガポールのヘッジファンドなどにとっても、ドルは究極の準備資産だ。