
トランプ政権でイーロン・マスク氏率いるいわゆる政府効率化省(DOGE)による大規模リストラが繰り広げられるなか、米国から流出する優秀な人材の獲得競争が欧州などで勃発している。だが、「米国の頭脳」にラブコールを送るのは西側諸国だけではなく、中国やロシアも前のめりだ。諜報機関が獲得に乗り出す動きもあり、米国内では人材流出による安全保障上の懸念も出ている。
(楠 佳那子:フリー・テレビディレクター)
「私はもう自宅を維持できず、売却しなければならない。もうこの国(米国)では歓迎されていないと感じる」
最近悲痛な思いをドイツメディアに語ったのは、在米27年のアルゼンチン人科学者だ。男性は昨年まで9年以上、オハイオ州で難聴の研究と教育に携わった。昨年6月、米国立衛生研究所(NIH)傘下の聴覚などのコミュニケーション障害研究所に移籍したが、2月中旬突然解雇されたという。富豪のイーロン・マスク氏が率いる、いわゆる政府効率化省(DOGE)による強引な米連邦職員削減の「犠牲者」の一人である。
この男性が独メディアに語ったところによれば、臨床試験もあっさり中止され、患者は見捨てられているという。
男性のものと見られるLinkedInのプロフィールには、現在求職中と明記されている。男性が先の独メディアに取り上げられたのは、今後、仕事を海外に求め、その候補としてドイツを挙げているからだ。
ノーベル賞受賞者を多数輩出し、世界的に権威のあるドイツの学術研究機関マックス・プランク協会のクラーマー会長は今年2月、独シュピーゲル誌上で、米国における科学者の処遇を憂慮しつつも、このことは欧州が優秀な才能を獲得できる好機が突然到来したことを意味するといった趣旨の発言をしている。
冒頭で紹介した、米国でいきなり解雇されたという男性は会長の言葉に希望を見出し、ドイツへの移住を検討しているという。シュピーゲルはまた、こうした米国人科学者からの求人応募件数が急増しているとも伝えている。
トランプ政権の政策により米国から流出し始めた優秀な人材を確保しようという潮流は、ドイツに限らず欧州全体にも急速に広がりつつあるようだ。