愛国的で無垢な天才集団だからこそ危ない
さらに言えばDeepSeekの開発者の梁文鋒がいわゆる「愛国的」であるというのも要注意点だ。TikTokを保有するバイトダンスにしろ、中国人気SNSアプリの小紅書にしろ、あるいはアリババにしろ、テンセントにしろ、中国のハイテク企業、ハイテクスタートアップ企業は、CEOに米国への留学経験があったり米国への強い憧れやリスペクトが根底にあったりする場合が多い。
だが、梁文鋒は海外留学経験もない中国純粋培養の天才だ。彼が率いる開発チームにも海外留学帰りはいないという。95后(1995年以降生まれ)の天才AI少女、羅福莉らを含め、北京大学、清華大学、北京航空航天大学といった中国最高学府で博士号を取得した新卒、卒後3~5年の若い人材を高額給与でかきあつめたチームらしい。
つまり、海外経験も社会経験もほとんどない真の意味での無垢な天才集団だ。市場利益にあまり関心がない、と言い、研究成果をオープンにしたのも、これまで技術を模倣してきた中国が模倣される立場になるならうれしい、といった中国人のプライドを感じさせるような発言も多い。
1月20日に李強首相が主宰した企業家・教育科学文化衛生領域代表座談会に、梁文鋒は北京大学経済学院院長や浙江大学党委員会書記といった高い肩書をもつ体制内の人たちとともに、唯一のAI産業界代表として出席した。この座談会は春の政府活動報告をまとめるために専門家の意見を聴取する重要会議で、そこに参加するということは中国の政策に直接かかわる立場ということだ。
そう考えると中国当局はDeepSeekに、認知戦の兵器としての利用価値を当初から見出していたとしても不思議ではなかろう。無垢な天才集団が、それが兵器になるとわかっておらず、あるいはわかっていても、喜んで共産党体制に協力することは十分にありうる。
米海軍ではすでにDeepSeek禁止の通達がでているし、ホワイトハウスもDeepSeekのセキュリティについては調査を開始。政府と取引のある企業で、自主的にDeepSeekの利用禁止を決めているところも数百社はあるという。少なくとも米国寄りの国家、企業はDeepSeekの利用を避けざるをえない。
だが米国寄りでない世界、グローバルサウスや反米国家において、このAIが席巻する可能性は十分にありえる。それは中国の「認知」が世界の半分を支配する可能性すらあることを意味している。だからこそ、DeepSeekは眼が離せない存在である。
福島 香織(ふくしま・かおり):ジャーナリスト
大阪大学文学部卒業後産経新聞に入社。上海・復旦大学で語学留学を経て2001年に香港、2002~08年に北京で産経新聞特派員として取材活動に従事。2009年に産経新聞を退社後フリーに。おもに中国の政治経済社会をテーマに取材。主な著書に『なぜ中国は台湾を併合できないのか』(PHP研究所、2023)、『習近平「独裁新時代」崩壊のカウントダウン』(かや書房、2023)など。