30年経っても「言葉にしにくい」思いがある
成洋氏が再び語る。
「震災から5年後に兄が書き残した状況が、その20年後もまだ続いている。ということは、被災した人たちの多くが〈感じていながら言葉にしにくい〉〈解答の出ないまま、もやもやと渦巻いている〉という思いは25年後も、30年後も残っていくものではないかと思ったんです。
そして、そうした思いを掬い上げ、描くことは、震災から30年経った今なお〈苦しみがそこにある、ということに〉、私を含め、気づくためにも、意味のあることではないか、と。
そうした思いを、たとえば、記憶を語り継ぐというやり方で言葉にできる人はいいんです。けれども、言葉にするのが難しい人たちの多くは『うまく言えないし、言ったところで分かってもらえない……』と、ずっと抱えながら今も黙って過ごされているのではないでしょうか。
ただ、いざ描くとなっても、その対象は〈言葉にしにくい〉思い。そういった、とらえどころのないものを描くことができる人は、私の周りには安達さんしかいなかった。だから『新しい映画を作りませんか』とお声がけしたんです」
この成洋氏からの申し出を快諾した安達氏は「NHKエンタープライズ」に出向後、正式に本作の監督に就き、脚本作りに入ったという。その一方で、成洋氏は23年、映画製作会社「ミナトスタジオ」を神戸に設立し、資金集めに奔走した。
「映画について安達さんにお願いしたのは、震災を30年目の視点から描いてほしい、心のケアをテーマにしてほしい、そして、兄が大好きだった神戸を舞台にしてほしいという3点だけでした。それ以外はすべてお任せします、と」
ただ、それらに加え本作では、前述したように、在日コリアン家族のなかで生じる葛藤や確執も大きなテーマに据えられている。
心の病から立ち直ろうとする灯は、父との関係修復を試みようとする。しかし、家族とはいえ、背負ってきた歴史や震災の記憶の濃淡などの違いから、互いの言葉や思いは相手に伝わらず、衝突を重ねる。親子が互いに「伝わらなさ」「分かり合えなさ」にもがき苦しむシーンは、なんともリアルで切ない。
「あのテーマは、脚本を作り始めた段階で、安達さんと共同脚本の川島天見さんが新たに加えてくださったもので、完成された作品を見て、改めてその取材力と、人の心の内面に迫り、描く力に感服しました。
灯が父親と向き合おうとするシーンを見て、私も亡くなった父について、ちゃんと分かっていなかったな、改めて自らのルーツをさかのぼり、向き合わなくてはいけないなという思いを強くしました。
『心の傷を……』を読み、観ることは私にとって、亡くなった兄に会いに行く旅のようなものでしたが、それに加え、『港に灯がともる』では自分を振り返る新たな旅が始まったような気がします」
『港に灯がともる』は、発災30年を迎える1月17日から全国80以上の映画館で順次公開される。詳細は映画公式サイトで。