観客の反応からよみがえる安医師の「最期の言葉」

「安達さんとの出会いは2018年、兄の著書をドラマにしたいということでお会いしました。その真摯で丁寧な取材姿勢に感銘を受け、全面的に協力しました。

 完成したドラマは素晴らしく、またドラマ化を機に復刊された兄の著書も、再び売れ始めた。私としては、この本を一人でも多くの人に読んでもらいたいと思っていたので、劇場版の製作委員会を立ち上げ、安達さんに監督をお願いしたんです」

兄・安克昌医師の思いを受け継ぎ、映画製作を企画した安成洋氏

『心の傷を……劇場版』は、2021年1月から全国の劇場で公開された。だが、前年末からのコロナ禍で観客は激減。わずか3カ月で打ち切られた。

「しかしその後、自主上映の活動を各地で展開されている『全国映画センター』からお声がけいただいて、(21年)5月ごろから自主上映を始めたんです。最初の会場となった埼玉では、2回上映で500人もの人たちが観に来てくださって、その時に改めて“映画の力”というものを感じました」

 その後も自主上映を希望する声は各地から相次ぎ、主催者の求めに応じて成洋氏は上映後の質疑応答に立つようになったという。

「作品の内容からやはり、被災地である神戸をはじめ、兵庫県内の学校や医療関係者からの上映希望が多く、私自身も可能な限り上映会に立ち合い、質疑応答を受けました。

 その際、映画を観てくださったお客様の中で『今まで震災関連のドラマや映画は一切、観る気がせんかったけど、ひとづてに、あの作品はええよって聞いて、初めて観に来た』という方が本当に多かったんですね。

 しかし、その一方で『お友達も誘ったんやけど、(震災を扱った作品は)まだ観られへんって断られた』という方も結構いらっしゃった。

 震災から25年も経ってるのに、まったく過去のものになっていないんだなということに気づかされたと同時に、兄が亡くなる直前に書き残した一節が脳裏によみがえってきたんです」

 その一節とは、安克昌医師が震災から5年後、亡くなる2カ月前に書き残した最期の言葉である。『〈増補改訂版〉心の傷を癒すということ 大災害精神医療の臨床報告』(2011年、作品社)の中にこう記されている。

ここで私が試みたことは、多くの被災者が感じていながら言葉にしにくい、被災体験の心理的側面を明らかにすることだった。それは心の傷や苦しみだけではない。「なぜ他ならぬ私に震災がおこったのか」「なぜ私は生き残ったのか」「震災を生き延びた私はこの後どう生きるのか」という問いが、それぞれの被災者のなかに、解答の出ないまま、もやもやと渦巻いているのだ。この問いに関心を持たずして、心のケアなどありえないだろう。苦しみを癒すということよりも、それを理解することよりも前に、苦しみがそこにある、ということに、われわれは気づかなくてはならない