阪神・淡路大震災から30年となる2025年1月17日、神戸を舞台にした映画が公開される。安達もじり監督、富田望生主演の『港に灯(ひ)がともる』。被災地に生きる人びとの心象風景を繊細に描いた作品には、震災直後から「心のケア」に取り組んだ今は亡き医師の思いが息づく。震災当時、地元紙記者として現場を取材したノンフィクションライターの西岡研介氏が、作品に込められた思いを聞いた。
震災後の神戸に生まれた在日3世と家族の葛藤
圧倒的なリアリティーに満ちた作品である。といっても、30年前に起こった阪神・淡路大震災の被害状況や、復興した神戸の街並みや人々の様子が再現されているという意味ではない。
被災者が今なお抱える「心の傷」や、震災後に生まれ、様々なものを背負わされてきた、いわゆる「災後世代」の心象風景、そして震災後も神戸に住む在日コリアン家族のなかで生じるルーツをめぐる葛藤や確執……。そういった、目には見えない、言葉で表現することが難しい心の内面や、その揺れ動きが、極めてリアルに描かれているのだ。
映画『港に灯がともる』は、こんなストーリーだ。
震災であたり一面が消失した神戸市長田区南部の町。この町には、戦前から多くの在日コリアンが朝鮮半島から移り住み、ゴムやケミカルシューズなどの産業に従事してきた。主人公の灯(あかり・富田望生)も、震災前からゴム工場を営んでいた在日の家庭に生まれた3世だ。が、「在日である」という意識は薄く、また、震災直後に生まれたことから、その記憶もおぼろげなものだった。
父(甲本雅裕)や母(麻生祐未)の会話や昔の写真から漏れ伝わる、家族の歴史や震災当時の話が遠いものに感じられ、孤独感と苛立ちを募らせていく灯。その一方で、在日2世の父は家族との衝突が絶えず、家の中には冷え冷えとした空気が漂っていた。
そんななか、親戚が集まった法事の席で起こった父との口論によって、灯は「全部しんどい」と感情を爆発させる。さらには、姉(伊藤万理華)が言い出した、日本への「帰化」をめぐって家族内で生じた新たな確執を引き金に、心の病を発症する。
しかし、そんな灯を支えたのが、震災でPTSD(心的外傷後ストレス障害)を負った母を抱える親友(山之内すず)や、その親友のすすめで通い始めた精神科の医師(渡辺真起子)たちだった。様々な人たちに支えられ、自らの「生きやすい」ペースを取り戻し始めた灯は、新たな職場で、自分以外にも心に傷を負った人たちがいることを知り、今度は自分が「支える側」に回ろうとする。そして、改めて父との関係を紡ぎなおそうと試みるのだが……。
これは、さまざまに傷を負った人や街の「復興」ではなく、「修復」の物語なのだ。