危なすぎる「ワンマンならずもの国家」
こうしてマスク氏は、次々欧州各国の極右勢力にすり寄り、影響力を広げようとしている。そのために、Xの持つ影響力を存分に駆使しているのは明らかだ。
米ニューヨーク・タイムズ紙によれば、そもそもマスク氏がXを買収したのも、悲願である火星の植民地化が実現した際、市民主導の政府がどのように機能するかを試したかったからだという。企業利益のためのみならず、マスク氏の壮大すぎる野望のために、地球上の民主主義が危機にさらされているともいえるのではないだろうか。
昨年刊行されたマスク氏の伝記では、気に入らない社員は片っ端から解雇し、残る者にはクビをちらつかせて罵倒したり、無茶な労働時間を強いたりする強引なワンマン経営者の姿が描かれている。
火炎放射器を振り回す同氏の姿はあっても、人々の安全性を重視するという謙虚な姿勢は著書ではほぼ全く見られない。従業員やユーザーの安全や健康を守ることが同氏にとって二の次であることは、先のロイター報道や、Xのモデレーター大量削減などで明白だろう。
ちなみに、スペースXやテスラでの安全管理を問題視したロイターの調査報道がよほど気に入らなかったのか、最近では同通信社がバイデン政権より多額の金を受け取って報道したという他者の投稿を拡散している。実際報道に問題があるならば、マスク氏の得意な訴訟攻撃を起こせば良いものだが、Xでぶつぶつと文句をつける程度で済ませていることで、ロイターの報道がいかに正しかったのかを自ら裏付けているようなものだろう。
ヘイトや偽情報をばらまいてまで我を押し通すマスク氏がこうした無茶振りを市民にも強いるようになれば、人々の平穏無事な生活が今後も保たれるか、はなはだ疑問である。
英ガーディアン紙は、このままではマスク氏が「ワンマンならずもの国家」を築き上げる危険性があると訴え、民主主義は売り物ではないとも批判している。富豪が好き勝手に世界の行方を左右する状況は、暗澹(あんたん)たる未来を予測させる。
マスク氏の破壊力は、すでに国境を複数またいで影響を及ぼし始めている。国家どころか「ならずもの世界帝国」の樹立という恐ろしい事態は、なんとしても防がなければならないだろう。
楠 佳那子(くすのき・かなこ)
フリー・テレビディレクター。東京出身、旧西ベルリン育ち。いまだに東西国境検問所「チェックポイント・チャーリー」での車両検査の記憶が残る。国際基督教大学在学中より米CNN東京支局でのインターンを経て、テレビ制作の現場に携わる。国際映像通信社・英WTN、米ABCニュース東京支局員、英国放送協会・BBC東京支局プロデューサーなどを経て、英シェフィールド大学・大学院新聞ジャーナリズム学科修了後の2006年からテレビ東京・ロンドン支局ディレクター兼レポーターとして、主に「ワールドビジネスサテライト」の企画を欧州地域などで担当。2013年からフリーに。