企業任せ、理念だけ…実効性のある対策を

 最大の理由はカスハラ被害の深刻さが社会で広く認知されるようになったためです。例えば、2024年夏には埼玉県越谷市の住宅メーカーに勤務していた20代の男性社員が激しいカスハラの末に自殺し、労災認定されていたことが明るみになりました。

 男性社員は住宅を新築中の男性顧客に対し、追加費用が必要になったことを説明したところ、顧客から激しいクレームを受けるようになり、「そんなんじゃ銭なんか払えねえぞ」「すいませんで済むか、おめえ」などと再三にわたって強く叱責されました。そうした末に、入社2年目に社員寮で自殺しました。

 厚生労働省によると、仕事での強いストレスを原因とする精神障害の労災認定は2023年度に883件に達しています。前年度から173件増え、5年連続で過去最多を記録しました。原因別で多かったのは、「上司などからのパワハラ」(157件)、「セクハラ」(103件)でしたが、2023年度から新たに労災認定に含まれるようになったカスハラも52件に上っています。

 条例制定が広がってきたことに突き動かされるように、政府も本格的な対応に乗り出しました。

 石破茂内閣は2025年の通常国会で労働施策総合推進法の改正案を国会に提出し、カスハラ対策を企業に義務づける姿勢を打ち出したのです。ただ、法案の趣旨はカスハラ対策を企業に求めるという枠組にとどまっています。

 相談窓口の設置やカスハラがあった場合の迅速な対応なども事実上、企業任せとなっており、カスハラの行為者に対する罰則や制裁措置は含まれていません。

 悪質な場合は行為者の氏名を公表するとした三重県桑名市の条例については、「無関係な家族や親族らも社会から非難を浴びる恐れがある」などとして市議会でも懸念の声が上がりました。法律の専門家からも疑問視する声があります。

 他方で、「みんなでカスハラはやめましょう」という理念だけを掲げた法や条例では、深刻なカスハラ被害を減らせないとの主張も広がっています。

 日本で初めてハラスメント防止の考え方が法律に盛り込まれたのは、1999年に施行された改正雇用機会均等法だったとされています。当時はセクハラ対策だけでしたが、それから四半世紀が経過し、ハラスメントの概念は大きく拡大してきました。

 2025年はそうしたハラスメントの根絶に向けた新たな一歩を築く年にできるのでしょうか。

フロントラインプレス
「誰も知らない世界を 誰もが知る世界に」を掲げる取材記者グループ(代表=高田昌幸・東京都市大学メディア情報学部教授)。2019年に合同会社を設立し、正式に発足。調査報道や手触り感のあるルポを軸に、新しいかたちでニュースを世に送り出す。取材記者や写真家、研究者ら約30人が参加。調査報道については主に「スローニュース」で、ルポや深掘り記事は主に「Yahoo!ニュース オリジナル特集」で発表。その他、東洋経済オンラインなど国内主要メディアでも記事を発表している。