実は「緻密な計算」か

 このように、多くの悪材料を抱え、手も足も出なくなったように見える尹大統領だが、実は今回の「非常戒厳」は、この局面転換を図り、緻密な計算の下で宣布した、との見方が強まっている。

 野党による「大統領弾劾」という脅迫は尹政権発足当初からなされていた。そこで尹大統領はあえて弾劾を誘導するために非常戒厳令を宣布したのだという見方だ。

野党「共に民主党」の李在明代表(中央)は、緊急本会議で戒厳令反対決議案が可決された直後、記者の取材に応じた(写真:Yonhap News Agency/共同通信イメージズ )
拡大画像表示

 今回、民主党は弾劾訴追案を発議する主な理由として、「非常戒厳令の宣布と関連して、憲法および法律違反」と「刑法上の内乱未遂容疑」を明記した。ただ、戒厳令要件不備と手続き的違反は争点になりうるが、内乱未遂疑惑の立証は憲法裁判所で認められない可能性が高いため、弾劾には至らないかも知れない。

 しかも現在、憲法裁判所の裁判官は3人が空席で計6人しかいない。弾劾裁判は7人以上の裁判官が出席してこそ開くことができるという憲法規定に反するため、直ちに弾劾審判は不可能だ。現在の憲法裁判官の構成上、尹錫悦大統領が任命した人物が5人もいて、その点が弾劾判決にも影響を及ぼす可能性がある。法に詳しい検察総長出身の尹大統領が、国会によってすぐに無力化されることを承知の上で非常戒厳令をあえて持ち出したのには、このような計算があったからだという分析だ。

 また、弾劾訴追案が国会で可決するには国会議員の3分の2の賛成が必要になるが、108議席を確保している「国民の力」が一枚岩となって反対すれば弾劾訴追案は国会を通過できない。保守支持者たちは「保守大統領弾劾」という悪夢を二度と見たがらないし、保守大統領の2度目の弾劾は「保守の壊滅」を意味するだけに、国民の力所属議員たちの中から弾劾に賛成する「反乱票」が8票以上出ないという計算もあったのだろう。

 実際、大統領室の関係者は、今回の騒動について、メディアに以下のように話している。

「今回の戒厳令は一種の政治活動規制措置だ。国政マヒをそのまま放置して傍観するよりは、国政を正常化して回復するための措置を試みたのだ。昨夜10時半に緊急形式で行ったのは、非常措置による国民経済や一般国民の暮らしの被害を最小化するために、あの時間帯を狙ってやったことであり、国会議員の過半数以上が賛成すれば非常戒厳が解除されることを知っていたうえで、国会が同意するかどうかを自ら判断できるように議員の国会入りを阻止しなかったのだ。そして、解除要求案が可決された時、戒厳令解除を宣布し、軍を直ちに撤収させた。このようなアクションがすべて合法的な枠組みの中でできるすべての行動をした」

 結局、弾劾は難しいという緻密な計算のもとで、国会の横暴を国民に知らせるためのショック療法として突発戒厳令を持ち出したという説明なのだろう。

 法律専門家たちも「弾劾される確率は半々」と見ているのだ。大統領弾劾が成立しなければ、逆に野党の力は大いに削がれる可能性もある。

 今回の「非常戒厳」宣言は一か八かの賭けだったのか、あるいは巧妙な罠だったのか。現時点で答えは明らかになっていないが、少なくとも韓国政界が一寸先も見えない霧の中に包まれたことだけは確かだ。