自宅死が減って地縁・血縁が分断
いまの家族葬にあたる密葬は、かつては世間に死の事実を知られたくない場合に行われる「タブーな葬式」であった。何らかの“事故”に巻き込まれて亡くなったりするケースなどである。ましてや、直葬を選択する人は、ほとんどいなかった。世間体もあって、葬式はちゃんとしたのである。
弔いの社会基盤もしっかりしていた。地域で、死者が出れば回覧板などでその死を告知するとともに、町内会が葬式を取り仕切ったものだ。慌ただしい遺族に代わって、会社関係、知人らが積極的に手伝いを申し出た。
だが、ここ15年ほどで葬式はがらりと形態を変えた。先の調査のように、東京都心部では家族葬がほぼすべてを占めていると思われる。このような簡素な「閉じられた葬式」はコロナ禍の影響もあり、地方都市にも波及している。
なぜ、こんな急激に葬送が簡素化しているのだろうか。
要因は長寿化と核家族化、そしてマネーの問題である。長寿化は、それ自体は喜ばしいことだが、施設生活が長引けば、地縁と血縁が分断される。
参考までに、「死亡場所の推移」を紹介しよう。厚生労働省「人口動態調査 令和3年」によれば、1955(昭和30)年には自宅死が77%、病院死が15%であった。それが1976(昭和51)年には自宅死と病院死が逆転。2021(令和3)年では自宅死がわずか17%、病院や高齢者施設で死ぬ割合が81%となっている。
晩年、数年間でも高齢者施設に入れば、その人は地域社会の一員ではなくなってしまう。すると、遺族は地域の人を巻き込んで葬式を執り行うことを躊躇してしまう。
また、費用面を気にして葬式を簡素にする傾向がある。現在、葬送の担い手のコアは50代から60代の中高年世代だ。彼らは両親(80〜90歳代)やきょうだい、さらに自分たち夫婦の葬式の準備に大わらわだ。