オーストリア・東チロル地方の山間部を走る路線バス。始発からすぐ、プレーグラーテン村役場前の停留所に到着する。背後は標高3000mに迫る山々である(写真:筆者撮影)オーストリア・東チロル地方の山間部を走る路線バス。始発からすぐ、プレーグラーテン村役場前の停留所に到着する。背後は標高3000mに迫る山々である(写真:筆者撮影)
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>>「ローカル線も路線バスも「赤字か否か」が注目されがちだが…欧州ではここを見る、公共交通の力を引き出す4つの側面」から続く

(柴山多佳児:ウィーン工科大学交通研究所 上席研究員)

「赤字」ばかりを問題視すると見落とす重要な側面

 昨今の議論で、「赤字」のローカル線が「問題」としてしばしば取り上げられるが、この議論の問題の設定は、要するに「費用のほうが収入より多い」という点に着目した発想である。

 前回挙げた公共交通の第一の側面である「事業」にだけ着目した問題の設定と言ってもよい。

公共交通のポテンシャルを見極める4つの側面(前回記事内容よりJBpress編集部作成)公共交通のポテンシャルを見極める4つの側面(前回記事内容よりJBpress編集部作成)
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 また、「そもそも誰も使っていないから無駄である」という論調も見かける。「空バス」などと、それを揶揄するような言い方も実際にある。

 しかしその一方で、交通弱者は引きこもり、道路には車があふれて渋滞しているという現実もある。9月も後半まで続く猛暑は温暖化を実感する機会であったが、ヒートアイランドの緩和や温室効果ガスの削減は急務である。

 せっかく走っている公共交通があまり使われていないということは、そのポテンシャルが上手に引き出されていないということである。車を持つ人が増えることと、公共交通が使わなくなることがイコールかというと、決してそんなことはない。

 これまで紹介してきたフィンシュガウの事例は、日本と同程度の自動車保有率でも、公共交通のポテンシャルを見事に引き出したケースである。これは別に日本人一人ひとりが怠慢というわけではなく、今のポテンシャルの引き出し方に何か問題があり、大幅に改善の余地があるということを示している。

 公共交通のポテンシャルを存分に引き出すためには、前回書いた公共交通の第二、第三の機能にフォーカスして考えることが、重要なカギとなる。

 逆に、公共交通の「赤字」ばかり問題視するというのは、第一の「事業」という側面にだけ着目していて、第二、第三の重要な側面を、意図的せよ無意識のうちにせよ、見落とすことを意味する。