打倒プーチンの戦いの旗手は妻ユリア氏に

 ナワリヌイ氏の死後、その遺志を受け継いだのは妻のユリアさんだ。ユリアさんは英国での『Patriot』出版直後の10月23日、英ロンドンで公開対談に臨む予定だ。

 ナワリヌイ氏の死を知らされた直後、ユリアさんは同氏がプーチン政権によって殺害されたと公に糾弾。ロシア国外での暮らしを余儀なくされているものの、今日に至るまで、国外からプーチン氏やその取り巻きと言われる人物らに対する批判の手を緩めることはない。

 夫の死後数日も経たないうちに米バイデン大統領や欧州各国の閣僚らと精力的に会談し、最近もカナダのトルドー首相や、対露強硬派であるフィンランドのストゥブ大統領らとも次々に会っている。

反プーチン政権への支持を訴えるために積極的に活動するナワリヌイ氏の妻ユリア氏(写真:ロイター/アフロ)

 娘のダリアさんは最近、米大統領選を戦うハリス副大統領率いる民主党の選挙キャンペーンで働いていることが明らかとなった。自身が当選すればプーチン氏が「何をしても構わない」と公言するトランプ前大統領の当選を阻止するため、ダリアさんも、プーチン氏との戦いに身を投じ始めていると言える。

 しかし現状、ロシア国外で反体制派活動を行う人々には、相当なリスクも伴う。今年3月には、ナワリヌイ氏の側近の男性が、亡命先のリトアニアの自宅前で何者かにハンマーなどで襲撃され、大怪我を負っている。ナワリヌイ氏がノビチョクで暗殺されかかった直前の2020年7月、妻のユリアさん自身も同じ毒物で襲撃されたという。

 ナワリヌイ氏自身の死についても、西側メディアなどは概ね当局による暗殺であったと指摘している。最近では、調査報道に定評のあるThe Insiderが、ナワリヌイ氏の死亡に関連する公式文書を入手している。それによれば、同氏が死の直前に嘔吐していたことなど、毒殺の証拠となり得た事実が最終的な報告書から削除されていたことが明らかになっている*3

*3“He began to complain of sharp pain in the stomach”: Official documents obtained by The Insider confirm Navalny was poisoned in prison(The Insider)

 それでも、ユリアさんは夫の著書により、彼の信条であった「真実と善が必ず勝利する」という思いで人々が満たされることを望むと言う。「アレクセイ(ナワリヌイ氏)は私的な利益ではなく、すべての人たちの正義と自由のために立ち止まることなく戦った」(ユリア氏・10月15日Xでの投稿)

 また、ユリアさんはこの本が、ナワリヌイ氏のロシアに対する偉大な愛と希望を共有するものだとも話している。

 ロシア国外でこの書を手にするだろう「愛国者」たちに、ナワリヌイ氏の最後の言葉はどう響くのだろうか。

楠 佳那子(くすのき・かなこ)
フリー・テレビディレクター。東京出身、旧西ベルリン育ち。いまだに東西国境検問所「チェックポイント・チャーリー」での車両検査の記憶が残る。国際基督教大学在学中より米CNN東京支局でのインターンを経て、テレビ制作の現場に携わる。国際映像通信社・英WTN、米ABCニュース東京支局員、英国放送協会・BBC東京支局プロデューサーなどを経て、英シェフィールド大学・大学院新聞ジャーナリズム学科修了後の2006年からテレビ東京・ロンドン支局ディレクター兼レポーターとして、主に「ワールドビジネスサテライト」の企画を欧州地域などで担当。2013年からフリーに。