獄中死を覚悟しつつ綴ったユーモア「まだ腹筋が…」

 特筆すべきは、過酷な環境下で同氏がユーモアを忘れなかったことだろう。体重が80キロに落ちたという21年4月7日の日記は「ところで、まだ腹筋がシックスパックになっていない(=カッコよく割れていない)」とぼやいている。

 ただ、21年秋の日記によると、ナワリヌイ氏は本を執筆する理由の一つとして「最終的に彼らが私を殺したとしても」、その本が自身の「メモリアル」になるだろうと書いている。ニューヨーカーでの抜粋では、毒殺される可能性を妻のユリア氏に示唆したという場面も紹介されており、自身の獄中死を常に覚悟していた様子がうかがえる。ユーモアを忘れなかったのは、あるいは、そうせざるを得ない環境下にあったからかもしれない。

 ナワリヌイ氏は同著を出版することで、自身の死後、遺族が印税を受け取ることができることも執筆の理由にあげている。「現実的に見て、化学兵器を使った暗殺未遂やそれに続く刑務所での悲劇的な死が本の売り上げを伸ばさないのなら、一体なにが売り上げを伸ばすだろう」と、ここでも自身の謀殺の可能性につき、冗談めかして綴っている。

 この書は、ナワリヌイ氏が2020年、猛毒のノビチョクによって襲撃され、生死の境をさまよったのちに執筆し始めたものだという。ロシアからドイツに緊急搬送された同氏は治療中に執筆を開始し、獄中の日記と合わせたものが同著となった。

 欧米の主要メディア各社はこれらの抜粋掲載後、獄中のナワリヌイ氏の手記についてこぞって報じた。一方、ロシア在住者によれば、ロシア国内のメディアでこの件は報じられていないという。

 しかし、ロシア語でナワリヌイ氏の名前と著作名をオンライン検索すると、ドイツなどの欧米メディアのロシア語版や、独立系メディアによって情報は伝えられている。こうした情報にアクセスできる人たちなら、ロシアでもナワリヌイ氏の著書の内容が一部把握できるという*3。ただ、先のロシア在住者の話によると、ロシア国内に暮らす人のほとんどが、ナワリヌイ氏の著書の題名すら知らないのだという。

*3:欧米メディアのナワリヌイ氏の記事をロシア語で伝えるニュースサイト

 同著は、ロシア語版も用意されている。

「Patriot」のロシア語サイト

 上記は妻のユリア氏が10月15日、Xに投稿した同著のサイトだ。「よくある質問」の中に、「本の配送先は?」という項目がある。世界のほとんどの国、と書かれているものの「残念ながら、配達および、税関での問題がないという保証ができないため、ロシアとベラルーシには発送していない」と書かれている。