(スポーツライター:酒井 政人)
レース後の幸せな時間
今夏に開催されたパリ五輪。大会のフィナーレを飾った女子マラソンで24歳の鈴木優花(第一生命)の笑顔が弾けた。激戦を終えて2カ月近く経っても、あの景色はキラキラと輝いている。
「パリ五輪はとても楽しかったですね。すごく激しいコースではあったんですけど、そこに挑戦するのもなかなかできませんし、思い切って本番を迎えられたことが『楽しかった』という表現になります」
鈴木は五輪史上最も美しく最も過酷なコースを自己ベストの2時間24分02秒で走破。大健闘ともいえる6位入賞でフィニッシュした。そして金メダルに輝いたシファン・ハッサン(オランダ)と〝ふたりだけの時間〟を過ごしている。
ゴール後、鈴木の方からハッサンに「Congratulation!」と声をかけると、ハッサンは笑顔で応じて、お互いの健闘をたたえたという。
「ハッサン選手は今年の東京マラソンに出場されていて、お話しさせていただく機会を作っていただいたんです。そのときもふたりで写真を撮ったんですけど、オリンピックのゴールで一緒に写真を撮れる機会はなかなかないと思ったので、思い切って声をかけました。『あなた何番だったの?』と聞かれて、『私は6番でした』と答えると、『よくやったわね』みたいな会話をしたんです。周りの声が凄くて、よく聞こえなかったんですけど、とっても幸せな時間でしたね」
ハッサンとは「まだまだ天と地ほどの(実力)差がある」という鈴木だが、パリ五輪はメダルまで52秒差。後悔がまったくないわけではなかった。
メダル争いをわけたもの
パリ五輪のコースは起伏に富んでおり、28.5㎞には最大勾配13.5%の急坂が待ち構えていた。昨年11月の試走では、「壁だなと思いました(笑)」というほどのものだ。本番でも文字通り〝壁〟となった。
「歩いた方が速いんじゃないかと思うぐらい進まなくて、ここは一番緊張感を発した場面だったかなと思います」
最大の難所はどうにか乗り切ったものの、下りに入ると集団のペースが上がる。そこで鈴木は前の5人に引き離された。このときの〝ジャッジ〟がわずかな後悔として残っている。
「集団と離れるときに『焦るな』と自重した部分が一瞬あったんです。そこでつくか、つかないかで差は出たのかなと感じました。もしついていたら、前の人たちからリズムをもらってもう少しいけたかもしれません。悔やんでも仕方ないですけど、今振り返ると、その瞬間が(メダル獲得への)別れ目だったのかな……」
鈴木は「経験不足で(勝負ポイントが)見分けられなかったんだなと思います」と話したが、そこで無理をすれば、終盤さらに苦しいレースになった可能性もある。正解はわからないが、鈴木のなかでモヤモヤした場面になったようだ。