浸水させる治水計画なら被害には補償を

 2つ目の問題は、江戸時代のままで取り残された霞堤地区は、実質的に「遊水地」の役割を果たしているのに、なんら法的に位置付けられないまま、被害は自己責任であることだ。

 実情を知らない人々からは「霞堤地区で浸水被害に遭うのは、土地が安いから引っ越してきた人々だ。なのに被害を補償しろなんてとんでもない」という声すら聞こえる。

 問題は、むしろ、国が治水対策を変更し、国がつけた優先順序で、左岸霞堤地区だけが江戸時代のままで取り残されたことだ。霞堤地区の住民らが、国、県、市に訴えてきたことは、あくまで「霞堤を閉じない政策をとるなら、生じた被害は補償して欲しい」ということなのだ。

 それは一体、どういうことなのか。改めて想像して欲しい。かつて、左岸と右岸の流域住民は等しく洪水リスクを負っていた。しかし、1906(明治39)年の河川法制定後、国は、洪水規模を想定して、それをダムと堤防に配分して治水工事を行う政策を選んだ。ところが、2001年の河川整備計画では、左岸の霞堤だけ積極的に残し、霞堤地区の住民だけに浸水を受忍させる扱いを選んだのだ。

絵に描いただけの土地利用規制

 同計画には、霞堤対策として「建築物の建築制限等の土地利用規制」「などにより浸水被害の軽減を図る」と書き込まれた。小野田さんが国に「土地利用規制のためには区域指定をすることになっているが、どうやって指定するのか」と聞くと「指定しない」と返答があったという。「やる気もないのに土地利用制限をすることを前提に河川整備計画を立てている」(小野田さん)。

 つまり、仮に新たに霞堤地区に転入する住民がいれば、それは、行政の不作為と怠慢によるものだ。霞堤を閉じることもしない。浸かることが前提の計画を立てておいて、土地利用規制もしない。ここだけ江戸時代のままであれという政策だ。

 昨今、国が好んで使う「流域治水」のイメージ図では「遊水地」が描かれている。遊水池は河川法第6条で「河川区域」に位置づけ、施行令で「河川整備計画において、計画高水流量を低減するもの」と定められている。ダムと似たような役割を果たす位置付けだ。

 水位低減のためにダムを作るときには、水没地は用地が買収され、補償を受け取る。憲法第29条第3項で「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる」とされているからだ。水位低減のために、遊水地にされた農地が浸水で作物に被害が及べば、その損害が補償されるのは当然である。

国の「流域治水」イメージに「遊水池」は描かれている。出典:「河川整備基本方針の変更の考え方について」(令和5年5月26日 国土交通省 水管理・国土保全局)
拡大画像表示