新旧ドクトリンの主要相違点

 新ドクトリンを2020年ドクトリンと比較すると、次の4点に主要な相違が見受けられる。

 第1に、2020年ドクトリンの①、②にある「同盟国」は、一般的に述べられている。新ドクトリンでは、ベラルーシがロシアの核の傘で保護されていると明示的に言及している。

 プーチン大統領は、「ロシアはベラルーシが連合国の一員として侵略された場合、我々は核兵器を使用する権利を留保する」と述べている。

 そのことは、ロシアが今年、ベラルーシに戦術核兵器を配備し、同国で6月に戦術核演習を行ったことと軌を一にしている。

 第2は、2020年ドクトリン④では、「通常兵器を用いたロシアへの侵略によって国家が存立の危機に瀕した時」に核兵器を使用できるとしている。

 新ドクトリンでは、核兵器は「我が国の主権に対する重大な脅威」に対して使用できると変更している。

 この点について、前掲のヘザー・ウィリアムズ氏は、次のような意見を開陳している。

 これは、ロシアの「escalate to de-escalate(事態を好転させるために状況をエスカレートさせること)」戦略への疑念を裏付ける、より広範で曖昧な表現だ。

 これが示唆するのは、プーチン大統領が潜在的な核使用の敷居を下げる一方で、核兵器がいつ使用されるかについての曖昧さを増していることである。

 これは、ウクライナ戦争でより大きなリスクを負う意思を示しており、ロシアの敵対者に不確実性を植え付けようとしている。

 第3は、プーチン大統領は「この文書(ドクトリン)の最新版は、非核兵器国によるロシアへの攻撃であっても、核兵器国の参加または支援があれば、ロシア連邦への共同攻撃とみなすべきであると提案している」と述べた。

 つまり、新ドクトリンはロシアに対する通常兵器による攻撃を、たとえ攻撃を実行した国でなくても支援する第三国に責任を負わせようとするものである。

 特に、進行中の戦争でウクライナに武器を供与しているNATO加盟国を明らかに標的にしていると見ることができよう。

 第4は、新ドクトリンの最大の変更点といえるものである。

 2020年ドクトリンの①、②では、核兵器使用の条件を弾道ミサイルおよび核兵器その他の大量破壊兵器による攻撃としていた。

 新ドクトリンでは「航空機、ミサイル、ドローン」などの「航空・宇宙攻撃兵器の大規模な発射と、それらが我が国境を越えてくるという確証が得られれば、核兵器使用の可能性を検討することになる」とされた。

 核使用を正当化する攻撃の対象が相手の通常兵器攻撃にまで拡大されたのである。

 これによって、ウクライナに対するNATO加盟国の武器支援を制限する一方、ロシアの核兵器使用条件を拡大して進行中の戦争を核戦争へエスカレートする意思を示し、NATOを標的に威嚇・強制を強める狙いがあるものと思われる。

 つまり、プーチン大統領の新核ドクトリンは、前述の通りウクライナに対する核による威嚇を一段と強め、同時に同国に対する西側諸国の支援、特に長距離ミサイルの使用条件緩和を阻止するとともに、米国を中心とするNATO加盟国を分裂させるなどの強制を意図した新たな試みと見られる。

 極めて危険な賭けに打って出たと見て差し支えない。