この本を書いたもう一つの理由

河野:この本を書いたもう一つの理由は、西欧以外の新しい視点が必要だと考えたからです。私は現代の哲学における心身問題をテーマに研究を続けています。数多くの西欧の学者とも一緒に研究をしてきましたが、その中で「発想がいつも先祖返りしてしまう」という感覚を持ってきました。

 どういうことかというと、言語や文化構造に揺らぎがないと発想が逆戻りしてしまうのです。議論がいつもデカルトやロックなど、同じポイントに戻ってしまう。

 私の扱っている心身問題の分野でいうと、仏教の影響を受けた研究などに面白いものが見られます。あるいは、国際的にいろいろなことを研究したり、多文化性を取り入れたりする人が割と新しい発想をします。

 有名な大学で、ある意味、象牙の塔のようなものがしっかりしているところほど、同じ発想の繰り返しになる。異なる視点を模索するという意味でも、私自身がもっとアフリカの考え方を知りたいと思いました。

──ネグリチュード運動について書かれた部分では、フランスの高名な詩人、アンドレ・ブルトンから評価されたエメ・セゼールや、哲学者のジャン=ポール・サルトルから評価されたレオポール・セダール・サンゴールといった作家について書かれています。

河野:ネグリチュード運動とは、1930年代頃に、アフリカや西インド諸島など、カリブ海のフランスの植民地出身の作家たちから始まった文学的、政治的、そして哲学的な運動です。

「ネグリチュード」はフランス語で「黒人性」「黒人の自己意識」といった意味です。黒人であることを肯定的にとらえ、独自の文化を称揚し、西洋支配から自らを解放していく反植民地運動です。

 この運動を指導したのは、詩人のエメ・セゼール、詩人でセネガル共和国の初代大統領レオポール・セダール・サンゴール、詩人で政治家のレオン・ゴントラン・ダマスなどです。彼らは学生時代から、文学的な活動を通して黒人たちの自立と尊厳を訴えました。

 この運動が起こった西インド諸島のフランス領は、植民地の海外領土で、そこに住む人たちはフランス人という扱いでした。ですから、他のアフリカ諸国とは状況が異なり、サンゴールの文学作品もフランス語で書かれています。

 まず文学的に理解されて普及し、やがて政治的な運動としても理解される。そのようなかたちで西洋人に訴えかけました。

 サルトルはサンゴールが編集した『ニグロ・マダガスカル新詩歌集』の序文「黒いオルフェ」で、この詩集を激賞しました。最初から政治的な運動になると、対立的な構造になりがちですが、詩に載せていくことで、自分たちの立場を相手の中に流し込むことができる。芸術はそうした強みを持っています。