西洋の黒人の自己形成に影響を与えた差別の眼差し
──文学から政治的な主張が展開されたのですね。
河野:文学と共に中心となったのは音楽です。アメリカの公民権運動などもそうですが、ジャズにしても、ロックにしても、歌詞の中に政治性を込め、注意を喚起して意識を高めていきます。
音楽の中に政治性や社会的なメッセージを入れていく文化は、アフリカ人たちが生み出したものだと思います。こうした運動は、所得や教育レベルに関係なく、あらゆる階層に響く。世界の思想の表現のあり方を変えたと思います。
──植民地主義を批判したアルジェリアの哲学者で精神科医のフランツ・ファノンは、黒人が「神経症的状況の真っただ中に身を置いている」と語っています。差別され、抑圧され続ける状況に身を置いているということが、アフリカの哲学、黒人の哲学においてどのような意味を持っていると思われますか?
河野:ファノンは精神科医でした。黒人に対して治療を行う場合「北アフリカとフランスでは同じ治療ができない」ということに彼は気がつきました。片方で通用することが、もう片方では通用しないのです。
たとえば、「自分のことを表現する」というようなことを北アフリカの男性たちに求めても、「そういうやり方は合わない」と拒否される。これは文化的な差異です。
それとは別に、西洋の白人社会の中にいる黒人の神経症的な心の問題を見ていくと、その背後に人種差別を受けてきた者の感覚がある。この差別の眼差しは、強烈に西洋の黒人の自己形成に影響しています。
たとえば、劣等感の中で自分が形成されるので、無理やり暴力的な男性性を表現してみたり、自分を下位の者として白人社会の中に位置づけて、存在の安定化を図ったりするのです。
そうした精神性を育むのは、構造的な暴力としての植民地主義です。それがなくならない限り、神経症的な状態からは解放されません。これがファノンの強い思いでした。ファノンはアルジェリア独立運動における革命の広告塔になりました。
『黒い皮膚・白い仮面』という著作の中で彼が書いているエピソードがあります。