甚大な死傷者数による「兵力不足」で国境防衛にも大穴

 まず「なぜ、やすやすと逆侵攻を許したのか」だが、ウクライナが奇襲作戦の秘密厳守を徹底したことや、これをロシアの情報機関が察知できなかった点はもちろん、やはり兵員不足が大きい。しかも想像以上に深刻で、予備兵力も払底し国境防衛に十分な将兵が割けないばかりか、緊急時に即座に出撃できる部隊(戦略予備部隊)にも事欠くありさまをさらけ出してしまった。

クルスク州でロシア軍が放置した軍用トラックを無傷で奪うウクライナ陸軍の空中強襲部隊員クルスク州でロシア軍が放置した軍用トラックを無傷で奪うウクライナ陸軍の空中強襲部隊員(写真:ウクライナ国防省ウェブサイトより)

 英シンクタンクIISSの『ミリタリーバランス(2024年版)』によれば、ロシア軍の総兵力は110万人。うち侵略作戦を主導する陸軍は50万人を占め、一見すると大兵力である。

 また最前線のロシア正規軍は約20万人で、大半を陸軍が占め、他に海軍歩兵部隊(海兵隊)や空挺軍(落下傘部隊)といった別の地上戦力が数万人加わる。

 さらにこれに囚人部隊や、ロシアが一方的に併合したウクライナ東部のドネツク、ルハンスク両州の親ロ派武装勢力、ワグネルなど民間軍事会社の戦闘員、後方支援の将兵なども合わせると、ロシアが侵略戦争に投入する兵力は50~60万人に達すると見られる。

 一方、死傷者数の多さはすさまじく、将兵の犠牲をいとわない人海戦術が祟り、一部メディアは開戦以来の死傷者は50万人以上、うち戦死者は10万人前後に上ると推測している。単純比較すると、投入兵力50万人に対し死傷者数がほぼ同数の50万人、また戦死者は5人に1人の割合となる。

 甚大な人的損失で兵力不足に陥ったロシアは、2022年9月に予備役を対象に30万人の部分動員を決意した。だがこれはかなりの“劇薬”となり、国民から想像を超える不評を買って政権の支持率は急降下。海外に逃避を図る若者やIT技術者も急増し、100万人超が母国を捨てたと見られる。最終的にメリットよりもデメリットの方が大きく、以後政権側は追加の大量動員に及び腰だ。

 また「逆侵攻」など夢にも思わなかったからだろうか、現場となったロシア領クルスク州周辺の国境防備がそもそも手薄だった点も大きい。

 国境パトロールは平時と同様に軽武装の国境警備隊が担い、国境線には簡単な鉄条網とコンクリート・ブロックが置かれる程度だったようだ。

 朝鮮半島を南北に隔てる「38度線」(DMZ:非武装地帯/軍事境界線)のように、強固なバリケードと分厚い地雷原が存在するイメージとはかけ離れた、「のどかな田園風景」が広がるだけである。

 まさにロシアが相手を侮り切っていた証拠で、ウクライナはここを巧みに突き奇襲を成功させた。

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