戦争で亡くなった友人の墓地を訪れ、座り込む男性

(小峯 弘四郎:カメラマン)

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「ミサイル着弾音を1日10発以上も聞くなんて初めて」

 ウクライナ軍がロシア・クルスク州へ本格的な越境攻撃を始めたのは8月6日のことだった。シルスキー総司令官が、約1000平方キロメートルを制圧したと明らかにするなど、この作戦は大変な成果を収めたと伝えられた。

 メディアが取り上げたようにロシア領内で多くの人々が避難を余儀なくされたが、それはウクライナでも同じであった。この作戦によりロシアからの反撃も激しくなり、ウクライナ側の最前線であるスームィ州では、これまでにないミサイル攻撃を受けることとなった。

 同市内で慈善活動を行う団体「Peace do it」の秋山小夜香さんは、これまで「スームィはロシア国境に面しているにもかかわらず、これまではそれほど被害がなかったように思います」と振り返るが、今回の作戦で状況は大きく変わったという。「ミサイルの着弾音を身近で1日10発以上も聞くなんてことは、この2年半近くで初めてです」

 スームィ州のヴォロディミール・アルチュク行政長官は、作戦が始まって間もない8月8日に、国境沿い10km圏内の地域、住民約6000人(そのうち子供425人)に避難指示を発令し人道回廊を開いた。

 筆者がその2日後の8月10日に市内の避難センターを取材したところ、押し寄せた多くの避難者が今後のサポートを受けるための登録作業を行っていた。

 その避難者から聞いた言葉から、戦果に沸く報道とは異なる現地の厳しい状況が伝わってくる。

「早朝に車で避難してきたのですが、出発するとすぐ攻撃が激しくなり、自宅から100mくらいの場所にミサイルが落ちました。わずかな食料と防寒着だけ持ってくることができました」

「(ロシア国境から12kmほどの)ユナキフスカ村に住んでいますが、8月5日から休む間もなく激しい攻撃が続いていて、多くの家が燃えてしまい、隣の家も全焼してしまいました。地下に避難をしていたのですが、ミサイルが近くに落ちたら役に立たず、安心して眠れません。本当に悪夢です」

 避難活動自体は目立った混乱もなく比較的スムーズに行われたようだが、今も攻撃の続く国境エリアに残っている人がいるのも事実で、その対応も急務となっている。

 今回は、そのスームィ州でロシア側の攻撃によって被害を受けた街、戦死した家族を悼むお葬式、住民の避難の様子などを写真でお伝えする(写真はすべて筆者撮影)。

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