プロとして磨き続けた技術と表現あってこそ
そこには、羽生さんのこんな思いがあったからだ。
「僕たちもチャリティーということで、演技での気持ちも全然違いましたし、プログラムに込める思いが、より明確に能登地方の方々へ届いてほしいという思いで滑りました」
被災地を少しでも笑顔に、少しでも癒やされる時間になるように、そんな思いを込めて全身全霊で滑ったからこそ、大トリで登場した「春よ、来い」は圧巻だったのだ。
「(被災地の方々が)少しでも笑顔になれるような、癒やされるような時間にできれば」
ピアノの旋律に乗せ、優しく包み込むようなスケーティングに、しなやかな体の動きが重なる。羽生さんの代名詞であるハイドロブレーディングは氷上のギリギリまで体を水平に沈み込ませて滑った。起き上がった羽生さんの髪は、エッジが削り取った氷の粒をまとっていた。
滞空時間の長いダイナミックなディレイドアクセルは、羽生さんならではのジャンプだ。プロとして遂げてきた進化を惜しみなく詰め込んだ舞だった。
スポットライトがないことによる演技への影響はなかったのだろうか。
羽生さんの答えは明快だった。
「いつも、どんな時でも、やっぱり思いをひたすら込めて滑っています。練習をしている時は、こういう照明なので、そこに対しての変化はなかったと思います」
羽生さんだけではない。ともに滑った無良崇人さんも、鈴木明子さんも、宮原知子さんも動じることはなかった。全員が限られた条件の中で、最大化した演技を披露した。
万全に用意された設備や恵まれた環境がなくても、自らの技術と表現力だけで、人々を魅了できる。大切な思いを込めて、滑ることができる。
真のプロスケーターとは――。そんな問いに対する模範解答のような演技でもあった。
振り返れば、自身が被災した2011年3月11日の東日本大震災のときもそうだった。