ハリスは「普通」をアピール

 トランプ氏による奇抜なヘイトやフェイクにうんざりしてきた米国のネット民らは「Weird」という言葉に、裸の王様を「王様は裸だ!」と暴露した、子供の純粋さを見たのではないだろうか。そして「フェイクでヘンな王様」の正体を、ようやくそれと言葉にできたのではないか。

 もう一つ個人的に注目したいトランプ陣営との違いは、ウォルズ氏の標的がトランプ氏を始めとする「強者」であることだ。Weird攻撃は、これまでトランプ氏らが散々、強権的に社会的弱者(移民や性的マイノリティ、女性や障がい者など)を傷つけてきた、あからさまな弱いものいじめとは異なる。

 弱いものを守るために正しく使う力として「Weird」の大合唱が共感を生むのだと感じられる。本来、政治家には必須の姿勢だが、この至極当たり前の本質が昨今、あまりに軽んじられてきたのではないだろうか。

 民主党陣営は、共和党をヘンと呼びつつ、ハリス副大統領がいかに「普通」であるかを際立たせたいのだという。大統領候補となって初のインタビューではCNNの記者が、先の「黒人に変身」発言について聞くと、ハリス氏は「いつものこと。次の質問を」と一蹴している。奇人のトランプ氏には取り合わないというハリス陣営の「普通」戦略の一例だろう。

 仮にハリス氏自身が今回の討論で「Weird」という言葉自体を使わなかったとしても、民主党陣営はすでに、トランプ前大統領がいかにWeirdであるかを強く印象付けることに成功した。討論に向けた一定の目的は、もう達成しているのかもしれない。

楠 佳那子(くすのき・かなこ)
フリー・テレビディレクター。東京出身、旧西ベルリン育ち。いまだに東西国境検問所「チェックポイント・チャーリー」での車両検査の記憶が残る。国際基督教大学在学中より米CNN東京支局でのインターンを経て、テレビ制作の現場に携わる。国際映像通信社・英WTN、米ABCニュース東京支局員、英国放送協会・BBC東京支局プロデューサーなどを経て、英シェフィールド大学・大学院新聞ジャーナリズム学科修了後の2006年からテレビ東京・ロンドン支局ディレクター兼レポーターとして、主に「ワールドビジネスサテライト」の企画を欧州地域などで担当。2013年からフリーに。