トランプを逆上させる「Weird(ヘン)」呼ばわり

 ハリス氏の黒人としてのアイデンティティを疑問視するような侮辱的発言は当然炎上したが、これこそハリス陣営が狙っているものだ。トランプ氏を「バカげた取るに足らない人物」と印象付ける、盛大なオウンゴールの誘発である。

 討論のマイクは結局消音されることで決着したが、実はハリス氏側には今回トランプ氏を激高させ、余計な弁説を振るわせかねない、ある秘密兵器がある。

 いわゆる「Weird」戦法である。日本語表記で近いのは「ウィアード」だろうか。

トランプ氏はハリス陣営の「Weird」戦法にイラついているようだ=写真は9月9日のウィスコンシン州での集会(写真:AP/アフロ )

 Weirdは直訳すると「異様」「奇妙」などという意味があるが、要は何かを「ヘン」と表す言葉である。言葉の最後に「O(オー)」を付け足すと「Weirdo」、つまりそのような人物のことで「ヘンな奴」となる。Isn’t he such a weirdo? はわかりやすく言えば「あいつ、超ヘンじゃね?」という具合だ。

 トランプ氏はこれまでも散々「暴君」「独裁者」「狂人」など、あらゆる侮蔑的な言葉で形容されてきた。これまでは、そんな中傷はどこ吹く風とばかりに厚顔ぶりも貫いてきた。ところがそのトランプ氏が今回、民主党陣営のこの極めてシンプルな「口撃」に、どうにも我慢がならない様子なのだ。

 民主党陣営は最近トランプ氏と共和党について「ロシアをのさばらせるようなまずい外交を展開」し、「環境問題や医療保険制度についても無計画」また「中流階級の気持ちなどわからない不動産王や資本投資家などのWeird(ヘン)」な連中だと主張している。この「ヘン呼ばわり」が、米ネット民やメディアなどに大ウケしている。

 現在「Weird」と「トランプ」を英語でオンラインニュース検索すると、山のようにヒットする。先の民主党大会では、オバマ元大統領までがこの「ヘン」戦法に乗った。

 オバマ氏は演説で、トランプ氏がハリス氏支持の群衆の大きさ(サイズ)が「AIによるフェイク映像だ」と執拗な嘘をつき続けたことに言及。「サイズにヘン(weird)な執着」をしていると、あえてWeirdという言葉を使った*3

*3Obama mocks Trump about his ‘weird obsession with crowd sizes’(CNN)

 おまけに言葉では「群衆のサイズ(大きさ)が…」と話しているが、両手を小さく広げた状態のジェスチャーまでつけて、会場の爆笑を誘った。トランプ氏の男性としての「サイズ」が小さいという揶揄である。

「サイズ」はともかく、トランプ氏は民主党陣営によるこの「ヘン」呼ばわりに逆上している。このところ公の場に出ては、トランプ氏と、自身が副大統領候補に指名したJ.D.バンス氏の2人が「ヘンではない!ヘンなのはあちら(民主党陣営)だ!」と連呼し続けている。

 そのさまは、酔っ払いが泥酔しているのに「酔ってない!」と千鳥足で強固に否定し全く説得力のない姿に重なる。ますますトランプ氏の「ヘンぶり」が際立ち、逆効果のようだ。

 トランプ氏にとって「独裁者」という大仰な描写は勲章のようなものだが、ただの「ヘン」とおとしめられたことが、どうにも気に入らない模様である。

 痛烈な社会風刺で知られる複数の米国の人気コメディ番組が、こぞってこの「ヘンぶり」を取り上げた。ある番組は、米FOXニュースに出演したトランプ氏が「30秒で11回も『ヘン』と連呼した」とあざけっている*4

*4:米FOXニュースに出演したトランプ氏が「30秒で11回も『ヘン』と連呼した」とからかうコメディ番組のYouTube