ヘイト煽る「ブラジルのトランプ」と当局の攻防

 X停止の前週、通信アプリ「テレグラム」CEOで創業者のパベル・ドゥーロフ容疑者(39)がフランスで逮捕され、その後起訴されている。同容疑者はロシア生まれだがフランス国籍を持つ。容疑は、SNSプラットフォーム運営を通じて、児童ポルノや麻薬密売、詐欺などの違法コンテンツの拡散を可能にしたという共謀などの罪だ。

 その他、当局への情報提供を拒否したことも容疑に含まれている。マスク氏同様「言論の自由の絶対主義者」を標榜してきたドゥーロフ容疑者も、これまで司法の手が自身や自社に及ばないだろうと、各国当局者を侮ってきたのではないだろうか。

フランスで逮捕されたテレグラムの創業者=2016年撮影(写真:ロイター/アフロ)

 だが、もはやそのような状況ではなくなってきている。

 ブラジルのケースに戻ると、モラエス判事は今回の件のみならず、数年前からSNS上の違法行為と強固に対峙してきた。VPN使用者に1日9000ドルもの罰金を科すという姿勢からもわかるように、一部ではモラエス判事の手法が少々強引と見る向きもあるようだ。

 しかし、今回のX停止措置に至るまでの経緯をより理解するためには、これまでブラジルで繰り広げられてきた、SNSなどでヘイトを煽る発言を繰り返してきたボルソナロ前ブラジル大統領に対する司法当局の戦いも知る必要がある。

「ブラジルのトランプ」とも言われてきたボルソナロ氏は、2019〜22年まで同国大統領を務めた。その異名の通り極右のポピュリストとされ、人種や性差別的発言、反移民や暴力の煽動など、トランプ氏さながらの言動や行動で知られている。大統領に選出する前の国会議員時代には、ある女性議員に対し「お前などレイプする価値もない」と言い放っている。

 2022年の選挙で現職のルーラ大統領に僅差で敗れた際には結果を認めず、翌年1月8日、ボルソナロ氏支援者らが首都ブラジリアで大規模な破壊活動を起こした。襲撃されたのは大統領府や議会、そして最高裁判所も含まれていた。まるでトランプ氏が2020年の大統領選の結果を認めず、支持者の暴徒らが米連邦議会を襲撃して死傷者を出した事件すら彷彿させる。

 ボルソナロ氏もまた、トランプ氏同様に違法行為の疑惑の百貨店だ。今年7月までに、先の暴動を扇動した疑いなどに加え「米国入国のためコロナワクチン接種をしたと見せかけるデータ改ざんを指示した」「サウジアラビアから贈られた数百万ドル相当の宝石を密輸するよう指示し、自身で所有しようと試みた」など、複数の罪に問われている。

 捜査対象の1つが、ボルソナロ氏が大統領時代、SNSを駆使して最高裁判事を中傷する偽情報や脅迫を拡散させたという疑惑だ。大統領補佐官やボルソナロ氏の息子らで組織され「ヘイト内閣」として知られていたグループが、法の支配を弱める目的でSNS向けのコンテンツを大統領府内で作成していたとされている。

 昨年6月には22年の大統領選に絡み権力の乱用があったとされ、ボルソナロ氏は最高裁から2030年まで公職禁止の処分を受けた。

 そうした背景により、このところ勢いを失っていたかに見えたボルソナロ氏は今春、突然息を吹き返した。今年4月初めからマスク氏が、ボルソナロ氏に対する捜査を指揮しているモラエス最高裁判事を「独裁者」などと、X上で繰り返し攻撃し始めたからだ。

 米ニューヨーク・タイムズは、マスク氏による一連の攻撃が功を奏したのか、ブラジルの世論はボルソナロ氏に対する捜査よりも、「モラエス判事が言論の自由を奪っているのでは」という議論にシフトしたと伝えている。

2022年、ブラジルのボルソナロ大統領(当時)とイーロン・マスク氏はスターリンクを使ったアマゾンの森林モニタリングなどでの協力をめぐり会談した(提供:Cleverson Oliveira/Ministry of Communication/AP/アフロ)

 ちなみにマスク氏はボルソナロ氏が大統領だった2022年、スターリンクでアマゾンの森林モニタリングなどに貢献した功績などとして功労勲章を授与されている。今年11月の米大統領選でトランプ氏支持を表明しているマスク氏は、同じく極右のボルソナロ氏とも「オトモダチ」であるようだ。