4.核兵器の威嚇または使用の合法性に関する国際司法裁判所(IJC)の勧告的意見

(1)IJCの勧告的意見

 以下、日本の原爆裁判の判決が先例として影響したとされる1996年のIJCの勧告的意見について述べる。

 1994年12月、国連総会が「核兵器による威嚇やその使用は、何らかの状況において国際法の下に許されることがあるか」について、国際司法裁判所(IJC)に対して勧告的意見を要請する旨の決議を採択した。

 この国連総会の諮問に対して、IJCは、1996年7月8日に勧告的意見を提出した。1940年代に核兵器が開発されて以降、国際的な司法機関が核兵器の威嚇または使用の合法性(違法性)について判断を下した初めての事例である。

 IJCの勧告的意見(出典:https://www.un.org/law/icjsum/9623.htm)は次の通りである。筆者の翻訳による。

A. 核兵器の威嚇や使用を特段認可する慣習法も従来の国際法も存在しない。

B核兵器の威嚇や使用そのものを包括的かつ普遍的に禁止する慣習法も従来の国際法も存在しない。

C. 国連憲章第2条第4項(注1)に反し、第51条のすべての要件(注2)を満たさない核兵器による威嚇または武力行使は違法である。

注1:武力による威嚇または武力の行使を慎む。

注2:個別的または集団的自衛の行使に当って加盟国がとった措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない。

D. 核兵器の威嚇または使用は、武力紛争に適用される国際法の要件、特に国際人道法の原則と規則の要件、ならびに核兵器に明示的に対応する条約およびその他の約束に基づく特定の義務とも適合するものでなければならない。

E. 上記の要件から、核兵器の威嚇または使用は一般に、武力紛争に適用される国際法の規則、特に人道法の原則と規則に違反することなる。

 ただし、国際法の現状と、自由に使える事実の要素を考慮すると、裁判所は、国家の存続そのものが危険にさらされるような自衛のための極端な状況において、核兵器の威嚇や使用が合法であるか違法であるかを最終的に結論付けることはできない。

(2)各国の意見陳述

 さて、IJCの勧告的意見の審理にあたっては、1995年5月15日から9月20日に間に22か国の政府が意見陳述を行い、そのうちの20か国は文書での意見提出も行った。

 またさらに22か国の政府が文書での意見提出のみを行った。

 したがって44か国の政府と世界保健機構(WHO)が核兵器使用・威嚇の合法性について意見表明を行った。

 中国を除くフランス、英国、ロシア、米国の4つの核保有国は、状況に応じて核兵器使用が合法的であることも主張した(筆者注:中国は意見陳述も文書での意見提出もしていないようである)。

 これに対しては他の大多数の諸国が、核兵器使用・威嚇の違法性を主張した。

 日本政府は、文書および口頭での意見陳述において一貫して核廃絶への政治的意思を強調しつつ、法的判断に関しては必ずしも明確ではない態度をとった(出典:広島大学平和科学研究センター篠田英朗准教授著「核兵器使用と国際人道法」)。

(3)筆者コメント

 上記のIJCの勧告的意見E項の後半の「国家の存亡そのものが危険にさらされるような、(中略)裁判所は最終的な結論を下すことができない」という部分は、統治行為論を反映していると筆者は見ている。

 ところで、前述した原爆訴訟で岡本弁護士は、サンフランシスコ平和条約で、日本が連合国に対する賠償請求権を放棄したことが、吉田茂全権たちが日本国民の請求権を故意に侵害したのであるから国家賠償法により賠償責任が生ずると主張しているが、これには無理がある。

 戦争を始める、戦争を終結する、平和条約を締結するなどは、国家統治の基本に関する高度に政治性のある国家行為であり司法審査の対象から除外されるべきものであると筆者は考える。

 また、前項で述べた戦争被害受忍論であるが、戦後生じた損害への損害請求権を否定する論理としては、統治行為論も使用できたであろうが、戦後の新しい民主国家日本として受忍論という新しい論理を生みだしたのだろうと筆者は見ている。

(編集部からお詫びと訂正)

当初記事では3.戦争被害受忍論の最後の段落で、「そして、戦争被害者を救済する措置法としては、原爆特別措置法や空襲被害者等援護法、沖縄戦時被害援護特措法などが成立している」とありましたが、空襲被害者等援護法、沖縄戦時被害援護特措法は成立していないため、その部分を削除いたしました。読者の皆様には心からお詫び申し上げます。