トランプ氏に軍事援助中止を撤回させる「強力カード」とは?

 こうした状況は欧州市場でのシェア拡大を目指す米化石エネルギー業界にとって看過できない事態である。もちろんトランプ氏も、「アメリカがウクライナに断トツの軍事援助を注ぎ、ロシアの侵略から欧州を守ったというのに、停戦したら節操もなくロシア産天然ガスの大量買いに走るとはけしからん」と憤るに違いない。

 ただしこの時、トランプ氏が「スジャ」のカードをチラつかせて「ドルジバ」の停止を匂わせたり、天然ガス市場を揺さぶったりすれば、欧州、ロシア双方に対し「天然ガス」というキーワードで影響力や抑止力を発揮できる。

 そしてゼレンスキー氏が、「スジャ奪還を目指すロシア軍に対抗するには、引き続きアメリカの軍事援助が不可欠で、米産LNGの対欧州輸出拡大にも直結しインフレ抑制、雇用確保にも大いに寄与する」と、「風が吹けばおけ屋が儲かる」的論理でトランプ氏と交渉。大いにメリットを感じたトランプ氏は、これまでの軍事支援の即刻中止を覆し、一転大々的な兵器供与に号令──という大胆なシナリオも考えられる。

ロシア・クルスク州に逆侵攻後、降伏したロシア軍工兵部隊を地面に伏せさせ捕虜にするウクライナ軍奇襲部隊ロシア・クルスク州に逆侵攻後、降伏したロシア軍工兵部隊を地面に伏せさせ捕虜にするウクライナ軍奇襲部隊(写真:ウクライナ国防省ウェブサイトより)

 トランプ氏が目論む「停戦協定=ノーベル平和賞」についても、仮にゼレンスキー氏がこんな説明をすれば納得するかもしれない。

「ロシア~欧州間のパイプラインを締め上げ、米産LNGを増産し世界中に販売攻勢をかけたり、ロシア産天然ガスの一大輸入国・中国に対米貿易黒字減らし策として米産LNGをもっと買えとさらに圧力をかけたりするなどの策を講じれば、ロシア産天然ガスの存在感はガタ落ちになり、やがてロシアは窮しプーチン政権も終焉する。そしてタイミングを見て停戦交渉を持ちかけウクライナ有利で妥結すれば、ノーベル平和賞も確実だ」

 一方、逆侵攻にタイミングを合わせたかのように、今年8月14日ロシア~欧州を結ぶバルト海の海底ガス・パイプライン「ノルドストリーム」の爆破事件(2022年9月)にウクライナ人が関与したとして、ドイツ検察当局が逮捕状を取ったとドイツ公共放送(ARD)など同国メディアが一斉に報道した。

ロシアと欧州をつなぐパイプライン「ノルドストリーム」ロシアと欧州をつなぐパイプライン「ノルドストリーム」が損傷(写真:AP/アフロ)

 2年前の天然ガス関連事件の続報が、なぜこのタイミングで公表されるのか。偶然にしてはあまりにも出来過ぎで、欧米情報機関などが、何かを狙って意図的にリークしたのではとも思える。少なくともトランプ氏に天然ガスの重要性を印象づけるには十分だろう。

 これらはあくまでも推測の1つに過ぎず真偽は全くの不明だが、いずれにせよ今後ウクライナは逆侵攻で占領したスジャ周辺を保持し続けられるかが、セレンスキー氏の正念場と言えるだろう。

逆侵攻で先鋒を務め要衝制圧後に自国国旗とともに記念撮影するウクライナ陸軍精鋭の第82独立空中強襲旅団の部隊逆侵攻で先鋒を務め要衝制圧後に自国国旗とともに記念撮影するウクライナ陸軍精鋭の第82独立空中強襲旅団の部隊(写真:ウクライナ国防省ウェブサイトより)

【深川孝行(ふかがわ・たかゆき)】
昭和37(1962)年9月生まれ、東京下町生まれ、下町育ち。法政大学文学部地理学科卒業後、防衛関連雑誌編集記者を経て、ビジネス雑誌記者(運輸・物流、電機・通信、テーマパーク、エネルギー業界を担当)。副編集長を経験した後、防衛関連雑誌編集長、経済雑誌編集長などを歴任した後、フリーに。現在複数のWebマガジンで国際情勢、安全保障、軍事、エネルギー、物流関連の記事を執筆するほか、ミリタリー誌「丸」(潮書房光人新社)でも連載。2000年に日本大学生産工学部で国際法の非常勤講師。著書に『20世紀の戦争』(朝日ソノラマ/共著)、『データベース戦争の研究Ⅰ/Ⅱ』『湾岸戦争』(以上潮書房光人新社/共著)、『自衛隊のことがマンガで3時間でわかる本』(明日香出版)などがある。