LNG輸出拡大を狙うアメリカとロシア産の調達を増やすEUの「矛盾」

 2000年代初めのシェール革命で、アメリカの天然ガス産出量は激増。低コストでシェールガスを採掘する技術が開発され、国際競争力も押し上げている。天然ガス産出量の世界ランキングを見ても、これまで長年首位だったロシアを抜き、数年前からアメリカがトップを独走している。年間産出量も2000年の約5400億m3から、2020年には約9500億m3とほぼ倍増させる。

 2016年にはLNG輸出もスタートさせ、米東海岸やメキシコ湾岸にLNG輸出基地を増設している。2023年にはLNG輸出量で1、2位の座を不動としていた豪州、カタールを飛び越え、約8500万トンでこちらも首位を奪っている。

 西側の盟主からLNGを潤沢に調達できるなら安全保障上これに勝るものはないとして、日本・韓国、西欧などアメリカの同盟国はこぞって米産LNGの輸入を増やしている。

 EUは地理的近さとパイプラインを使い、地続きで入手できる手軽さから、これまでロシア産天然ガスの依存度が高く、侵略戦争直前まで全消費量の4~5割を占めていた。だが戦争勃発以降“脱ロシア”を急ぎ、2023年の輸入量は、戦争直前の2021年と比べ8割も削減し、不足分の大半を米産LNGがカバーした。

 石油メジャーの一角を占める、エクソン・モービルやシェブロンを始め、米化石エネルギー業界にとって、ウクライナ侵略戦争は文字どおりの「特需」で、これを機にLNG輸出のさらなる拡大、特に最大の市場・欧州/EUでのシェアアップを狙う。一方、欧州市場の約半分を握っていたロシアは、自ら起こした侵略戦争でその大半を喪失。この空白を埋めるように米産LNGが欧州大陸で存在感を増している。

 ただ、LNGの輸出入は長期契約が大半だったひと昔とは違い、近年は原油のように市況をにらんで売買されるスポット取引も増加。米産LNGといえども安穏としてはいられない。しかもこれに脱炭素を掲げるバイデン政権が立ちはだかる。

 アメリカではLNGの輸出に、天然ガス法に基づいた連邦エネルギー規制委員会(FERC)と米エネルギー省の許認可が必要だ。しかし、例外的にFTA(自由貿易協定)の締結国(韓国、メキシコなど)への輸出は、公益的観点から対象外となっている。

 一方FTA非加盟国となるEU諸国の大部分や日本などは、原則として許認可を得ないと新規輸入契約は無理だ。

 これを踏まえ、バイデン政権は2024年1月「地球環境に及ぼす影響を調査するため」として、LNGの新規輸出計画への許認可を一時凍結すると発表、世界の天然ガス業界に衝撃が走った。

 幸いにも西欧や日本など同盟国については、短期的に例外扱いとして新規輸出計画を容認するようだが、中長期的にはどうなるか不透明。これがリスクと見なされ、取引の交渉で不利に働いたり敬遠されたりする恐れも出始めているという。

 しかもこれに関連してか、天然ガスの“脱ロシア”を進めているはずのEUが、なぜかここ1、2年逆にロシア産LNGの輸入量を増やしているという矛盾が生じている。

 その規模は2021年約130億m3、2022年約170億m3で、EUの2023年の天然ガス輸入量約3800億m3と比べると5%足らず(パイプライン輸入分も含めると約15%)。アメリカからの輸入シェア約2割(全量LNG)と比べてもまだまだ少量ではあるが、「敵に塩を送る」ようなEUの行為を、アメリカがいつまでも黙認するとは思えない。

 だが、同盟国同士とはいえ商売の世界は非情だ。ビジネスライクで臨むアメリカに対し、安価なロシア産LNGをカウンターとしてぶつけ、価格交渉で優位に立とうとする老獪な欧州の「したたかさ」も見え隠れする。

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