課題は情報の不足と廃業後の生活費の確保

 もっとも、廃業に当たって「事業をやめるための全般的なアドバイス」(14.4%)、「必要な手続きを依頼できる専門家の紹介」(9.6%)といった具体的な支援が必要と感じた元経営者もいる(図4)。


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 ほとんどの経営者にとって廃業は初めての経験であり、ノウハウをもっていないケースが大半だろう。廃業はネガティブなものととらえられがちであり、廃業する方法を教えてくれる経験者も少ない。

 必要な情報を適切なタイミングで提供したり、手続きをサポートする専門家を紹介したりといった支援があれば、手続きに悩むことなく廃業できるようになるだろう。

 さらに、廃業時に問題になったことをみると、68.6%が「特に問題になったことはなかった」と回答した一方で、21.0%は「生活するための収入がなくなった」と回答している(図5)。


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 実際に廃業した人でも約2割が収入の喪失を問題としていることから、廃業後の生活が成り立たないために、事業をやめたくてもやめられない人も多いと推測される。廃業後の生活費の確保は、廃業に当たって解決すべき重要な課題であるといえる。

解決策は資産形成と経営経験の活用

 廃業後の生活費を確保するために、どのような方法があるだろうか。

 まず考えられるのは、貯蓄や投資といった手段により、廃業前から資産形成を進めることである。廃業後の生活に必要な資金の準備は経営者本人が考えるべきことではあるものの、なかには貯蓄をする余裕がない、投資のやり方がわからないといった人もいるだろう。

 小規模企業の経営者や役員が、計画的に退職金を積み立てることができる小規模企業共済の利用を勧めたり、経営者個人の資産形成のアドバイスをしたりする意義は大きいと考えられる。もっとも、十分な資産を確保するにはある程度の時間が必要であるため、早いうちからアプローチすることが肝要であろう。

 生活費を確保するために有効な手段としてもう一つ考えられるのが、経営経験の活用である。本連載の前回の記事では経営資源の引き継ぎを取り上げたが、経営者自身が長年にわたり蓄積してきた経験や知識こそ、廃業する企業がもつ最たる資源であり、再活用を図るべきものだろう。

 経営経験を生かして同業種で働くほかにも、公的機関や業界団体で後進の指導に当たってもらうなど、経験を活用する機会を用意できれば、元経営者は廃業後も収入を得ることが可能になる。資産形成が十分でない状態でも廃業を後押しする要因となることで、企業の新陳代謝が促進されるだろう。

 また、長年の経営で培われた知識やノウハウは、ほかの企業が成長する足がかりとなる。さらに、廃業後の就労機会の提供は、社会全体で人手不足が深刻化するなかで、必要な労働力を確保することにもつながる。経営者の幸せな引退のみならず、地域経済や産業の維持・発展のためにも、経営経験の活用は重要な取り組みであるといえよう。

星田 佳祐(ほしだ けいすけ)
日本政策金融公庫総合研究所研究員。2014年日本政策金融公庫入庫。千住支店、名古屋審査室、日本経済研究センター出向を経て、2019年より現職。これまでに、小企業を対象とした景気動向調査や、新規開業企業を対象としたパネル調査などを担当。主な著書は『ライフイベント別に読み解く中小企業―創業・承継・廃業の変化と社会背景―』(共著、同友館)。