「駐夫=駐在員の夫」と、「妻のほうが自分より稼いでいる男たち」

 なぜ、このデータを真っ先に取り上げたかと言えば、これらは本書が対象として取り上げた「駐夫=駐在員の夫」と、「妻のほうが自分より稼いでいる男たち」のいずれにも密接に関係しているためだ。

 反対理由で挙げられた上位回答のうち、とりわけ、1つ目の「固定的な夫と妻の役割分担の意識を押しつけるべきではないから」は駐夫にかかわり、2つ目の「夫も妻も働いた方が、多くの収入が得られると思うから」は、「妻のほうが自分より稼いでいる男たち」に関連する。

小西一禎(こにし・かずよし) 1972年生まれ。埼玉県行田市出身。ジャーナリスト・作家。慶應義塾大学卒業後、共同通信社に入社。政治部で首相官邸や外務省などを担当し、2017年に妻のアメリカ赴任に伴い会社の休職制度を男性で初めて取得、妻・二児と渡来した。在米中に退社。元コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。在米時から、駐在員の夫「駐夫」として各メディアに寄稿する他、「世界に広がる駐夫・主夫友の会」代表を務める。専門はキャリア形成やジェンダー、団塊ジュニア、政治、育児など。著書に『猪木道』(河出書房新社)がある。

 海外赴任地では、駐在員となった妻がメインの働き手となり、帯同してきた夫は稼ぎ手の役割から離れて、家事や育児などに取り組み、妻のサポート役に回ることとなる。よって、女性駐在員と駐夫の夫婦は、固定的な夫婦の役割分担意識から解き放たれつつある現在の日本の現況を、如実に表す存在と位置付けられるだろう。

「妻のほうが自分より稼いでいる男たち」は、夫婦ともども働くことにより、たしかに多くの収入を得ている。しかし、収入面で妻に及ばない場合は「妻より下に見られる」ことになる。この背景には、今も残る社会的地位と経済力の両方、あるいは、どちらかをめぐる規範意識があるのではないか。

 ここからは、「駐夫」と「妻のほうが自分より稼いでいる男たち」が現われるまでの経緯を見ていきたい。

 旧来の社会通念に基づく硬直的かつ固定的な性別役割意識は、高度経済成長期に「男は仕事、女は家事・育児」として、まず根付くこととなった。男性が唯一の稼ぎ手として養い、女性が家事と育児を一手に引き受けるという夫婦スタイルだ。

 リクルートワークス研究所主任研究員の大嶋寧子は、こうした夫婦のスタイルを「夫婦役割1.0」と名付けている(大嶋2018)。戦後の日本は高度経済成長によって、農業を主とした自営業を中心とした農村型社会から、製造業や小売業が中心の都市型社会へと、社会構造が急速に変化した。その過程で、男性の働き方は、家族と一緒に自宅近くで行う農作業から、都市部まで時間をかけて通勤する企業雇用者として働くものに変わった。

 都市部の地価高騰が職住近接を不可能とし、職住分離を引き起こしたのだ。男性が家を留守にする時間が長くなったため、女性が外で働くのは難しくなる。ここに「男は仕事、女は家事・育児」の原型が完成した。

 高度経済成長期が終わりに近づいた1960年代後半頃から、パートなどの非正規労働者として働く女性が目立ち始めるようになる。白黒テレビ、洗濯機、冷蔵庫が「三種の神器」としてすっかり普及したことで、家事に割く時間が大幅に減少し、余裕が出たためだ。

 オイルショックで高度経済成長が終わると、国家財政の悪化が進み、政府が社会保障費の削減を進めた。生活防衛のためにも、夫は一段と仕事に注力せざるを得なくなる傍ら、妻はパートなどの仕事を続けながら家事・育児を担う「夫婦役割2.0」が誕生した。