犬山城 写真/西股 総生(以下同)

(歴史ライター:西股 総生)

●犬山城天守を徹底鑑賞する(前編)

取り付けただけの「なんちゃって窓」

 犬山城天守の最上階で、まず気付いてほしいのは、廻り縁を一周すると、とても怖いことだ。実際、腰の引けている観光客が多い。

 怖い理由の一つは、高欄(バルコニーの手すり)が低いためである。天守はもともと娯楽遊興施設ではないので、安全性に配慮したデザインにはなっていないのだ。怖い理由のもう一つは、廻り縁の床が外側に向かって少し傾斜しているためだ。といっても、築年数が古くて傾いているのではなく、雨が降ったときの排水のためである。

天守最上階の廻り縁と高欄。高欄は腰くらいの高さしかなく、廻り縁の床は外側に傾いている

 次に気付いてほしいのは、最上階の南北両面の壁に設けられた華頭窓。この華頭窓、近くで見てみると、白壁に木枠を取り付けただけの「なんちゃって窓」なのである。要するに、デザイン上のアクセントがほしかったわけである。

 もう一つ観察してほしいのは、平面形だ。一階・二階は東西に長い平面形だったが、最上階は南北に長い長方形となっている。柱の数を数えてみよう。南北両面は柱間を三間に割ってあるが、東西面は四間に割ってある。

 南北面の真ん中に観音開きの扉を設けて、両側になんちゃって華頭窓、というレイアウトは柱間が三間だからできることであって、四間ではレイアウトのしようがない。だから、東西両面は壁と柱だけのノッペラボウである。

正面にくらべて横顔はなんとも素っ気ない。最上階正面の柱間が三間なのに対し、側面は四間であることがわかる

 こうしたデザインの妙は、やはり建物の外側から確認した方がわかるので、天守を降りたら、あらためて外観をためつすがめつ眺めてみよう。天守を正面から見ると、下から石垣・黒壁・城壁・大屋根・唐破風・廻り縁と高欄・華頭窓、そして最上階の屋根と、バランスよく積み上がっている。

 最上階を南北方向に直交させたために、トップの屋根の妻(三角の側)が正面に来て、小さな天守に高さ感を演出していてるのである。付櫓を切り妻屋根としているのも、天地方向のデザインに変化をつけて、高さ感を演出する上では効果的だ。また、高欄を低く抑えているので、直下から仰ぎ見ないかぎり、高欄の水平線が華頭窓に干渉しない。

あらためて天守最上部を真っ正面から見る。トップの屋根が横向きだったら、水平線が増えて高さが抑えられて見えただろう

絶妙な「アシンメトリーの美」

 さらに、二階正面に設けられた三箇所の窓は、等間隔になっていない。これは柱を避けつつ、天守正面に鉄炮の射線を集中できるように窓を配置したたためでもあるが、右手に斜めに張り出した付櫓とあいまって、絶妙な「アシンメトリーの美」を構成している。

 一階正面の窓二箇所が、二階正面の窓の間に落とし込むようにレイアウトされていることにも感心させられる。一階の窓を観音開きとして扉の外面を漆喰塗りとし、黒壁の中に白い扉をはめているのに対し、二階より上では窓を黒い突上戸として、コントラストを逆にしているのも、心憎い。

直下から天守を見上げる。壁の色や窓のレイアウト、窓の作りの違いなど、細かい配慮がなされていることがわかる

 ここまで、白と黒の配色に気を配りながらも、全体を決してシンメトリーには構成せず、むしろアシンメトリーの美を強く指向している。このデザインセンスは桃山茶陶、もっと具体的にいうなら織部の沓茶碗や向付などに通じるものではないか。

 さて、この天守は正面側のデザインについては、細部までこだわり抜いているにもかかわらず、側面側のデザインはなんともそっけない。なぜそうなのかは、本丸を歩き回ってみればわかる。城内を歩くかぎり、この天守を側面から見ることは、ほぼないのだ。

西側の麓から望遠レンズで撮った犬山城天守。このアングルからだと、まるで違う城のようだ

 この天守は、正面側から見られることに徹底的にこだわってデザインされている。なぜなら、天守が本来は戦闘用の建物だからだ。犬山城では、天守は丘陵の突端に建っていて、城の縄張の上からは一番奥まった場所に位置することになる。

 ゆえに、城内に入ると天守は正面から見ることになるし、天守の防禦力も正面側に集中させなければならない。天守のデザインは、縄張の兼ね合いで決まるのが城の基本原理なのである。

 おっと、もう一つ、忘れちゃいけないのが、東側面の壁と軒の構成だ。この天守は一階は歪んだ平面形を、二階で長方形に収めている。こんな強引なことをしながら、デザイン上のバランスを崩さないために、二重目東側の屋根は、手前側(南側)と奥側(北側)で軒の深さを変えているのだ。

天守一階東面を下から見上げる。付櫓になっている手前側より奥側の方が、軒の出が深いことがわかるかな?

 ……とまあ、文章で説明しても、なかなか意味がわかりにくいかもしれない。そんな方は、この記事を参照しながら、現地で実物をじっくり観察してみては、いかがだろう。