(英フィナンシャル・タイムズ紙 2024年7月15日付)
銃弾を辛うじて避けたのはドナルド・トランプだけではない。
左に1センチほどずれていれば、その耳をかすめた銃弾は彼を殉教者にしていた。トランプの死が何を引き起こしたかは知る由もない。
それでなくても、唾棄すべきトランプ暗殺未遂は米国の民主主義に大きな波紋を広げる。
シークレットサービスの隊員に取り囲まれてから数秒内に、トランプは群衆に向かって「戦え、戦え、戦え」と叫んでいた。
即座に世界に広まった、星条旗を背景に拳を突き上げるトランプの写真は選挙キャンペーンの象徴になる。
事件直後から責任のなすり合い
信頼感の高い社会であれば、結論に飛びつく前に銃撃に関する事実が明らかになるのを待っただろう。この尺度では、米国は崖っぷちに立たされている。
大統領選でトランプのランニングメイトとして副大統領候補になろうともくろんでいた共和党の政治家2人は、トランプへの憎悪をあおったとして民主党を非難した。
有力候補のJ・D・バンス(オハイオ州選出の上院議員)は、バイデン陣営のレトリックが「トランプ大統領の暗殺未遂に直接つながった」と言った。
ティム・スコット(サウスカロライナ州選出の上院議員)は、民主党の「扇動的なレトリックは人の命を危険にさらす」と語った。
こうしたコメントが投稿されたX(旧ツイッター)のオーナーであるイーロン・マスクは即座に、銃撃犯がどうやってトランプにあれほど近づけたのかをめぐる陰謀論に加わった。
「極端な無能か、そうでなければ意図的だった」と書いた。
左派の多くも同じように即座に反応し、銃撃事件は大統領選でのトランプの勝算を高めるためのヤラセか偽旗作戦だと主張した。
しかし、こうした噂を飛ばす民主党幹部がまだ誰もいないことは注目に値する。
トーマス・マシュー・クルックスという名の20歳の男が容疑者として特定されたことも、ほとんど役に立たない。
共和党員として有権者登録しており、熱狂的な銃の所有者だが、民主党系の組織に少額の献金をしたこともある。
大半の米国の暗殺者と同じように、クルックスが単独犯で、妄想に駆られていたことも十分に考えられる。
だからといって、政治的な起業家たちは銃撃事件をイデオロギー上の敵のせいにすることをやめない。