(永井 義男:作家・歴史評論家)
江戸の常識は現代の非常識? 江戸時代の庶民の生活や文化、春画や吉原などの性風俗まで豊富な知識をもつ作家・永井義男氏による、江戸の下半身事情を紹介する連載です。はたして江戸の男女はおおらかだったのか、破廉恥だったのか、検証していきます。
なぜ正常位以外が多いのか
江戸の春画を見ていると、男女の性交体位はじつに多彩である。この点について、ある研究者が、「江戸の男女は性におおらかで、正常位以外の体位を好んだ」という意味の解説をしていたが、見当はずれと言えよう。
春画が正常位以外の体位を描いたのは、そのほうが絵師にとって都合がよかったからなのだ。以下に、その背景を述べよう。
現代、日本の男女がセックスをする場合、男が上から女に重なる正常位がもっとも多いであろう。たまに、後背位や、女性上位の体位を採用するくらいであろうか。
欧米の調査でも、性交体位は正常位が一般的である。
古今東西、男女の体位は正常位が「正常」といってよかろう。
では、なぜ江戸の春画には正常位以外の体位が多いのか。
ずばり言うと、正常位では春画にならなかったからである。
春画は性行為を生々しく、卑猥に、見る人が性的興奮を覚えるように描かなければならない。
ところが正常位では男女の下半身が密着してしまい、結合部分が見えないのだ。
春画の男女は結合部をもろに見せている。そのためには、特異な体位を取らざるを得なかった。
中には、不自然な体位や、物理的にとうてい無理な体位すらある。そんな不自由な格好をしながら、男女が共に、「ああ、いい、いい」と快感に陶酔している。
春画に刺激され、さっそく応用した男女はきっと失望したであろう。それどころか、腰や肘を痛めた者もいたかもしれない。
現代のAVでも、正常位以外の体位が多い。江戸の春画同様、結合部分を露骨に見せるためなのだ。
出演の男女には、体操選手並みの身体の柔らかさが求められるであろう。
ただし、撮影機材の小型化や高性能化により、正常位でも卑猥な情景をかなり実現できるようになったようだ。