『祝言色女男志』(歌川国虎、文政八年)国際日本文化研究センター蔵
図は、亭主が、女房の密通の現場に踏み込んだ場面である。
「うぬらぁ、まあ、どうするか見やぁがれ。すまねえぞ」  
亭主は怒りで声を震わせている。

(永井 義男:作家・歴史評論家)

江戸の常識は現代の非常識? 江戸時代の庶民の生活や文化、春画や吉原などの性風俗まで豊富な知識をもつ作家・永井義男氏による、江戸の下半身事情を紹介する連載です。はたして江戸の男女はおおらかだったのか、破廉恥だったのか、検証していきます。

密通と処罰を規定した八代将軍吉宗

 密通は、現代でいえば不倫であろう。だが、実態はかなり異なる。

 現代、不倫で逮捕されることはないし、法律で処罰されることもないが、社会的な制裁が大きい(不倫を報じられた芸能人が謝罪会見を余儀なくされるなど)。

 いっぽう、江戸時代、密通は厳罰に処された。

 しかも、正式な婚姻関係にない男女の性行為はすべて密通だった。未婚の男女(恋人同士でも)のセックスも密通だったのだ。

 では、江戸の男女は戦々恐々として忍び会っていたのだろうか。

 いや、実際はおおらかに、あるいは節操なく、密通を享楽していたのだが、それは後述しよう。

 八代将軍吉宗のときに整備された『御定書百箇条(おさだめがきひゃっかじょう)』に『密通御仕置之事(みっつうおしおきのこと)』という項があり、これが密通と処罰を規定している。江戸時代を通じての性の倫理と言ってよかろう。

 ところが、いわば建前と本音があった。

 まず、男の女郎買いは、密通には当たらなかった。

 現代、妻帯者が性風俗店で遊ぶのは、妻の側から離婚を申し立てる理由になる。だが、江戸では亭主が女郎買いをしても、離縁を求める女房などいなかった。

 かくして、未婚者も既婚者も、男は心おきなく女郎買いをしていた。

 武士が自分の屋敷に奉公している腰元や女中を誘惑し、あるいは強引に手ごめにしても、密通には当たらなかった。商家の主人が奉公している女中や下女に手を出しても、密通には当たらなかった。

 現代ではセクハラ、パワハラの面からも糾弾される卑劣な行為だが、江戸時代の身分制と主従関係のもとでは、上位の男は下位の女に対して、やりたい放題だった。

 いっぽうで、身分制や主従関係に反逆した密通には厳罰が適用された。

 たとえば、男が自分の主人の妻と密通すると、

・男→引廻しの上、獄門
・女→死罪
・密通の手引きをした者→死罪

 という過酷さだった。

 だが、江戸時代を通じて、上のような刑が実行された例はほとんどなかった。

 じつは、密通がなかったのではなく、人々が町奉行所に訴えなかったからなのだ。