全裸が描かれない事情

 いっぽう、江戸の春画には「淫心を刺激する」という意味では、逆効果ではないかと思われる描き方もある。

 それは、性行為をする男女がたいてい、着物を着たままなのだ。下半身はむき出しにしていても、男女とも行儀よく衣服を身に着けている。

 なぜ、全裸にならないのだろうか。全裸の方が読者の淫心を刺激するはずである。ちなみに、現代のAVでも男女は素っ裸である。

 この着物を着たままの性行為について、ある研究者が、「江戸の男女はつつしみ深かったから、全裸にはならなかった」という意味の解説をしていたが、やはり見当はずれと言えよう。

 要するに、寒かったからなのだ。

 冬の東京は寒い。鉄筋コンクリートで窓はアルミサッシの、気密性の高いマンションでも、真冬、暖房のない部屋で真っ裸になれば、震えあがってしまう。

 まして、江戸に於いておや、である。

 武家屋敷でも大きな商家でも、裏長屋でも、当時の木造建築は隙間だらけだった。しかも仕切りは障子か襖(ふすま)である。さらに、部屋全体をあたためる暖房はなかった。

 春も秋も、まして冬は全裸になどなれない。男女は着物を着たまま、局部だけをあらわにして、情交したのである。

 春画はそんな男女の性行為を、ある意味、正確に描いていると言えよう。

 しかし、数少ないが、図のように全裸の男女を描いた春画もある。

 情交を終えた男女のようだ。満足そうに見つめ合うふたりは、「よかったよ」「あたしも、よかったわ」と言っているかのようである。

 よく絵を見ると、蚊遣火(かやりび)が炊かれている。絵師の歌川国芳は蚊遣火を描くことで、「いまは真夏ですよ。だから、ふたりは真っ裸なのですよ」と説明しているのだ。

 つまり、江戸の男女も真夏の時季だけは、真っ裸になって房事を堪能できたのである。逆から言えば、真夏以外は全裸にはなれなかった。

 そのほか、春画では衣服を描くことの効果もあった。

 当時、髪型や服装で身分、職業などがほぼわかった。

 春画に描かれた女の着物や髪型を見て、すぐに「武家屋敷の奥女中だ」、「商家の後家だ」、「吉原の花魁(おいらん)だ」などとわかり、男は胸をときめかせたのだ。

(編集協力:春燈社 小西眞由美)