イスラエルの報復で過激思想が再生産される

「復讐」に関しては、WSJの記事に興味深い記述がある。シンワル氏はガザ南部の難民キャンプ生まれだが、同氏が5歳くらいだった頃の1967年、第3次中東戦争さなかの回想が、同氏の自伝的小説に綴られているという。

 シンワル氏がイスラエルの刑務所に服役していた2004年執筆したもので、ある父親がイスラエル軍の攻撃から幼い息子を守ろうと、難民キャンプの地面に穴を掘るという場面が出てくる。イスラエル軍が近づく音が大きくなるにつれ、子供は穴の中、恐怖で泣き叫ぶ、というものだ。

 この幼い男児がシンワル氏自身の分身であるとしたら、イスラエルとパレスチナにおける暴力の連鎖が脈々と受け継がれてしまった悪例と言えるだろう。見方によっては、現在イスラエルが行なっているガザ地区への攻撃でも、それを生き延びた子供たちが、やがては復讐を誓う過激思想の持ち主へと成長しかねない。

 米CNNは記者分析で、シンワル氏がこの不均衡な戦闘において「イスラエルの圧倒的な軍事力と、パレスチナにおける苦難の歴史を武器化」していると指摘している。つまり、膨大な数の犠牲を伴う、イスラエルによるガザ市民への攻撃は計算のうちにあり、それに反発する国際世論を味方につけている、という構図だ。

 CNNはまた、シンワル氏にとって、パレスチナの窮状に異議を唱え、最近米国の名門大学で立て続けに起きた反イスラエルデモについても、停戦交渉に有利に働いてきたとしている。イスラエルにとって長年の同盟国である米国も、選挙イヤーの今年、バイデン政権が「新世代の左派」の怒りとその票を無視することはできないからだという。

コロンビア大学(写真)など米国の名門大学で反イスラエルのデモが広がった写真:ロイター/アフロ)

 同局は、シンワル氏は同胞であるパレスチナ市民の苦しみで国際的な怒りを引き出し、自らはそれを静観すれば良い立場にいる、と分析している。

 現に、ICCによる戦争犯罪に関する逮捕状請求にしても、シンワル氏はすでに米国などによってテロリスト認定され、ガザ地区に潜伏していると見られるのに比べ、ネタニヤフ首相は国家元首という立場上、国際社会におけるダメージは大きい。

 一方、英BBCは先週末、イスラエル軍による人質解放作戦において多数のパレスチナ人犠牲者が出たガザ地区で、ハマスに対する異例の批判が噴出したと報じている。シンワル氏らの目論見は、ガザ市民にも透け始めたのかもしれない。