根本的な原因は「ガバナンスと規制の欠如」

マネー・ボール』などのベストセラーで知られるノンフィクション作家、マイケル・ルイスの最新作『1兆円を盗んだ男―仮想通貨帝国FTXの崩壊』は、FTXという暗号資産取引所を舞台としている。

 FTXは2019年設立という、それ自体が新しい存在である暗号資産取引所の中でもさらに後発の存在だったが、あっという間に多くの顧客を獲得し、破綻直前には世界最大級の暗号資産取引所となっていた。

 ところが、FTXは2022年11月に突如として経営破綻する。

 FTXも何度かハッキングの被害にあっていたのだが、それは破綻の直接的な理由ではない。ふとした出来事をきっかけに、流動性危機(会社が顧客や債権者に支払う必要のある資産、特に現金などすぐに支払いに使える資産を手元に持っていないために、支払いができなくなる状況)に陥り、いわゆる「取り付け騒ぎ」が発生したのだ。そして、同社の財務状況が危機的な状態にあることが明らかになり、最終的に破綻へと至った。

 また、この騒動の中で、FTXの関連企業で、暗号資産投資を行っていたアラメダ・リサーチという会社に不正な融資(FTXの顧客が預けていた資金が、秘密裏にアラメダ・リサーチに貸し出されていた)を行っていたことも明らかになり、FTX創業者サム・バンクマン=フリードは逮捕され、懲役25年の実刑判決を受けている(現在は控訴中)。

 マイケル・ルイスは一連の事件の顛末を『1兆円を盗んだ男』で描いているのだが、そこで明らかにされているのは、FTXおよびサム・バンクマン=フリードが創設した他の企業におけるガバナンスの欠如である。

 その実態は、まったくもって「ひどい」の一言だ。

 たとえば、本書の終盤で、破綻後にFTXの調査を任されたある人物が、同社について「私のキャリアの中で、ここまで企業統制が完全に失敗し、信用できる財務情報も完全に欠如している例は、これまで見たことがない」と評している。

 この人物は企業破綻に関する事後処理の案件を数多く手がけてきた人物なのだが、その彼に「ここまでひどい例は見たことがない」と言わしめるような有様だったのである。

 この表現ですら、生ぬるいと言えるかもしれない。なにしろFTXにもアラメダ・リサーチにも、組織図が存在しなかったのである。誰が何部の部長で、その下にはどのくらいの部下がいて――などと教えてくれる、あの組織図だ。

 バンクマン=フリードはありとあらゆるガバナンスを嫌っており、組織図や肩書といったものまで、組織運営には不要と判断。けっきょく初めての組織図をつくったのは社員ではなく、FTXに企業内セラピスト(心理カウンセラー)の立場で関わっていた人物だったほどだ。

 そんな有様だったため、当然ながら取締役会やCFOなどの仕組みや役割も機能しておらず(投資家などの外部に対する見映えを良くするために設置はされていたが、「設置しただけ」という状態だった)、バンクマン=フリードは「そんなものがなくても自分は組織を掌握しているし、カネがどこにあって、何に使われているか把握している」と考えていた。

 彼の築いた「仮想通貨帝国」は、大金を生み出す一方で、まったくガバナンスが効いていないというでたらめな存在になっていたのだ。

懲役25年の実刑判決を受けたバンクマン=フリード。彼はありとあらゆるガバナンスを嫌っていた(写真:ロイター/アフロ)懲役25年の実刑判決を受けたバンクマン=フリード。彼はありとあらゆるガバナンスを嫌っていた(写真:ロイター/アフロ)