(3)蔡英文氏の「華独」

 2016年5月20日、蔡英文は総統就任式典において、中台関係の「現状維持」を堅持する考えを明確に示した。

 ところで、民進党は本来、中華民国を外来政権と断じてきた。

 中華民国とその支配政党であった国民党は、第2次世界大戦直後の中国における国民党と共産党との内戦(いわゆる国共内戦)に敗北した結果として台湾に流入したに過ぎないとしてきた。

 中華民国・国民党には台湾を支配する正統性はなく、これらを排除し、台湾人の手による主権国家を新たな名義で建設することが目指された。

 この考え方は、民進党の党綱領にも明文化され、台湾独立綱領と呼ばれる。民進党が台湾独立を志向すると目されるのはこのためである。

 しかし、蔡英文氏は選挙時(2016年)から一貫し、主権を有する新国家の樹立を求めず、中華民国を受容継承する方針を明言してきた。

 中華民国は中国起源ではあるが、台湾に根を生やした「中華民国在台湾」であるという、1990年代の李登輝政権以来の国民党とほぼ同じ路線を踏襲した。

 中華民国は、中華人民共和国に属さない主権国家として台湾に存しており、事実上の台湾の国号であるという見解である。

 台湾独立の「台独」に対して、中華民国の「華」から「華独」と呼ばれる路線である。

 2019年1月2日、米中国交樹立を機に鄧小平が発表した「台湾同胞に告げる書」の40周年を記念して習近平氏が重要演説を行った。

 その中で「一国二制度による台湾統一」を強調すると、蔡英文氏は2時間後にそれを拒否する談話を発表した。

 蔡英文氏は同談話で、一国二制度は「台湾の絶対的多数の民意が断固として反対しており、コンセンサスだ」と強調。

 習近平氏が提案した台湾の党派や団体との政治対話も「台湾人民の授権と監督」を経た当局間の対話でなければならないと否定した。

 また、対話は「望んでいる」としつつも、平和的で対等な方式であるべきで、「圧力や威嚇を用いて台湾人民を屈服させる企てであってはならない」と述べた。

 この対応が高く評価され、台湾では蔡英文氏の支持が広がった。

 習近平氏の決意表明は、前年11月の統一地方選挙で大敗し、次の総統選挙に向けて劣勢に立たされていた蔡英文氏にエールを送る形となった。