「コンドームの達人」の異名をもつ泌尿器科医の岩室紳也さん(写真:筆者撮影)

教育ジャーナリストのおおたとしまさ氏が、男子校で広がり始めた性教育とジェンダー教育の現場に迫る連載「ルポ・男子校の性教育」。今回は2024年に東大に44人の合格者を出している、中学受験の超人気校・駒場東邦中学校・高等学校。同校では、中3で、「コンドームの達人」の異名をもつ泌尿器科医の岩室紳也さんによる性教育講演会を行うのが恒例になっている。

(おおたとしまさ:教育ジャーナリスト)

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「私は『命を大切に』という言葉が大嫌いです。何度その言葉を聞けば命の大切さがわかるというのでしょうか。ひとは経験から学びます。経験していないことはぜんぶ他人事です。私の運命を変えてくれたのはエイズという病気です」

 岩室紳也さんはエイズ治療の第一人者でもある。スライドを使用せず、歩きながら静かにゆっくりと話す。決して声を張ったりせず、むしろ木訥(ぼくとつ)とした語り口に、生徒たちは自然にしーんと聞き入る。

男子校の性教育2.0』 (おおたとしまさ著、中公新書ラクレ)

連載が本になりました!ウェブ連載にはない、さらに一歩踏み込んだ分析・解説を加え、書き下ろしています。男子校の性教育だけだはなく、「性とジェンダー」の「いま」をより深く知ることができます。ぜひ、ウェブの現場ルポと合わせてご覧ください。

 私語をしている生徒も居眠りをしている生徒もいない。200人規模の大教室で、なかなか見られない光景だ。講演のための言葉ではなく、岩室さん自身の経験から生まれた言葉が、生徒たちに響いているのがよくわかる。

「先生たちが言っていることに常にクエスチョンマークをつけながら聞いてください。点数をとるためにはその先生が出す問題に対する先生が求めている正解を答えなきゃいけない。それはわかります。でも気をつけてほしいのは正解依存症です。僕が考える正解依存症っていうのは、自分なりの正解を見つけると、その正解を疑うことができないばかりでなく、その正解を他のひとに押し付け、考えられない、病んだ状態です」

 これまで岩室さんが診察した約150人のエイズ患者のうち、143人はセックス経由での感染だったとのこと。コンドームをつけていれば感染は防げたかもしれない。生徒にマイクを向ける。

岩室 あなたがコンドームをつけないでセックスするのはどんなとき?

生徒 奧さんとする?

岩室 奧さんとするときもつけなきゃいけないときはあるよ。

生徒 子どもをつくろうとするとき!

岩室 子どもをつくろうとするときにもコンドームをつけてるやつがいたら、驚いちゃうでしょ。

 どっと笑いが起こります。

「昔は中高生に向かって『セックスするならコンドーム』と連呼していましたが、最近はやめました。なぜだかわかりますか? そうやって聞いていたのにコンドームをつけなかったために感染してしまったひとが、僕の外来をノックできますか? できないんだよ。当時僕は、正解を伝えれば予防できると思ってた。そうじゃない。失敗したっていいとは言わないけど、しょうがないときはしょうがないんです。感染してしまったら、それを乗り越えて、次のステップに行かなきゃいけない」