彼は西側による侮蔑の典型的な例として、シュピーゲル誌の2019年8月23日号の旧東ドイツ特集を挙げる。同誌は、「旧東ドイツ人とは、こんな人たち。偏見と現実。彼らはなぜこのように行動し、旧西ドイツ人とは違った投票行動を見せるのか」という標題のカバーストーリーを掲載した。
オシュマン氏は、「この記事は、ドイツの人口の18%にあたる旧東ドイツ人に対する誹謗中傷であり、旧西ドイツ人の旧東ドイツ人に対する偏見を増幅するものだ」と厳しく批判した。彼によると、シュピーゲル誌は旧東ドイツ人について「弱虫で醜く、愚かで、怠惰で、能力がなく、悪趣味で、奇妙な振舞いをし、外国人を嫌い、国粋主義的でナチスの思想を信奉する人々」というイメージを与えている。彼は、「ドイツでの善悪の基準は全て旧西ドイツが決めており、それに照らすと旧東ドイツ人たちは問題児として見なされている」という。
オシュマン氏によると、旧西ドイツ人の約17%は、旧東ドイツに行ったことが一度もない。ミュンヘンの私の知人の中にも、「仕事も含めて、旧東ドイツには絶対に行かない」という人がいる。
オシュマン氏の本は、ドイツで大きな論争を引き起こした。彼に送られてきたメールのうち3分の2は、「よく言ってくれた」と賛意を示すものだった。だが旧西ドイツ人からは「言葉遣いが乱暴すぎる」とか、「我々は多額の金を注ぎ込んで、あなたたちのためにいろいろやってあげたのに、このような本を出すとはけしからん」と批判するメールも送られてきた。
メルケル前首相も差別されていた
オシュマン氏によると、西側が主導権を握るドイツでは東を見下す考えが一般化しているので、責任が重い地位にある旧東ドイツ人は、自分が旧東ドイツ出身であることを隠す。彼は、「アンゲラ・メルケル前首相ですら、現役時代には、自分が社会主義時代の東ドイツで育ち、働いたことについて沈黙した。そのことを強調したのは、首相を辞任する直前の演説だった」と指摘している。
確かに現役時代のメルケル氏は、自分が東で育ったことを強調しなかった。それが政治的に不利益をもたらすことを知っていたからだ。彼女はヘルムート・コール氏に閣僚として抜擢された時、キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)のベテラン政治家たちから「Zonenwachtel(東ドイツから来たウズラ)」と揶揄された。ゾーンを意味するZoneという言葉からして、東西冷戦時代の、東ドイツに対する西側の蔑称だった。東からの女性にも配慮していることを示すために、コール氏から数合わせのために抜擢されたメルケル氏は、西側の政治家たちに最初から見下されていた。
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