育児が仕事における「不利益」となる現状
説明できる格差は無視してよいかというと、そうではない。たとえば、就業中断によって勤続年数が短くなるといったことは、家庭内での役割分担、特に育児から発生する。育児の役割を相対的に多く担っているのは、今でも女性である。一日24時間という時間制約があるため、育児に多くの時間を割いたら、仕事自体だけでなく仕事に関連する学びの時間が減り、結果として、人的資本が蓄積できず、賃金は低くなる。
また、子育てのために就業中断をすることは、その後のキャリアの不利益になりやすい。これらは「チャイルド・ペナルティ(子育てによる不利益)」と呼ばれる。
チャイルド・ペナルティの解消には、夫婦内での役割分担の見直しが必要であるが、これは女性のキャリアや賃金だけでなく、家族の経済厚生を高めることにもつながる。経済学の概念を用いて説明すると、子育て期の家計生産の価値は高く、夫が市場労働に、妻が家計生産に比較優位があれば、それぞれに特化することで、夫婦の経済厚生は高くなる。しかし、子育て期に限定せず、生涯という長期で夫婦の経済厚生を考えた場合、妻の稼ぎ手としての役割も家族にとって重要になってくる。
もちろん、夫婦の役割分担の見直しではどうにもならない場合も多いだろう。そのため、保育所等の外部保育サービスの活用がキーワードとなるが、朝井友紀子米国シカゴ大学講師・神林龍武蔵大学教授・山口慎太郎東京大学教授が行った研究によると、日本では、子どもの年齢や家庭状況にも依存するが、保育所の拡充には母親の就業率を上げる効果が概ね認められている*10。
その一方で、現行の利用調整の仕組みが、保育サービスを本当に必要としている家庭の利用をしづらくしている可能性も示されており、現在の保育政策には改善の余地のあることがうかがえる。
社会全体での働き方の見直しを
さらには、社会全体で働き方の見直しが必要になるだろう。現状では、決められた場所で働き、長時間労働ができ、突発的な事態にも対応できる働き方は生産活動に貢献していると評価されやすく、このような働き方ができないと評価されづらい。仮に、夫婦で育児を主に担当するのは妻で、夫は補助的に参加しているとした場合、夫はなんとかそのような働き方ができても、女性はできず、企業に評価されず賃金は上がらない。前述したゴールディン教授も、「貪欲な仕事(greedy job)」が男女の賃金差に与える影響に注目している。
逆に、時間的にも場所的にも自由度が高く育児と両立をしやすい働き方が一般的になり、評価されるようになれば、男性も女性もこの働き方を選択できるので、同じように評価されることになる。また、女性は生産性が低いといった企業の認知が、変わるかもしれない。そして、この働き方は、女性だけでなく、男性にとっても働きやすいものであることは言うまでもない。
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