(文:原ひろみ)
昨年のノーベル経済学賞で「男女の賃金格差」の研究に注目が集まった。その格差には人的資本の差では説明できない部分があり、ジェンダー規範を反映した偏見が格差を生む一因と筆者は説く。特にわが国における男女の賃金差解消は、女性のためだけでなく、日本経済全体にとっても大きな課題である。
社会的課題としての男女の賃金差
日本経済は、少子高齢化の進行によって労働力人口の減少に直面しており、その確保は、経済活動や社会保障システムを維持するために、長年にわたって政策課題であり続けている。その対応策の1つとして女性の活用が謳われているが、15~64歳の女性労働力率は74.3%とすでに高い水準にある現状を踏まえると*1、数量的な活用だけではなく、質的な活用も考える局面に入ったと考える。自身の労働に見合った賃金を受け取れることが、男女関係なく、意欲をもって、持てるスキルや知識を最大限に活用して働くインセンティブになる。よって、質的な活用を促すためには、処遇、特に賃金に“不合理な”男女差を無くすことが不可欠である。
日本では男女の賃金差は以前より縮小しているが、OECD(経済協力開発機構)加盟国のなかでワースト4位と*2、依然として先進国のなかでは格差が大きく、その是正が強く求められている。しかし、その是正を求める動きは、もっぱら女性の賃金にフォーカスされるため、その片面性から是正の動き自体に違和感を表明する人もいる。しかし、日本経済の維持という視点に立てば、男女の賃金差解消は、女性のためだけでなく、社会全体のために取り組むべき課題であることが見えてくる。
昨年のノーベル経済学賞受賞者が注目した男女の経済格差
昨年のノーベル経済学賞は、クラウディア・ゴールディン米国ハーバード大学教授が、過去1世紀にわたる米国のデータを分析し、女性の労働市場における働き方や賃金に対する社会の理解を高めることに貢献したことを理由に受賞した。ゴールディン教授は、昨年日本でも翻訳された著書のなかで*3、男女格差縮小のために、フレキシブルな働き方のコストを下げるシステムの構築を提言しているが、ここでは、日本でなにが必要かを考えたい。
男性と女性ではそもそも仕事が違うのだから、女性の賃金が低いのは当たり前と言う人がいる。実際に、男女は違う職で働く傾向があり、この事象は性別職域分離と呼ばれる。
性別職域分離自体に問題がないわけではない。しかし、ここでの論点はそこではない。仕事が違えば、男性同士であっても賃金に違いは生じる。男女の賃金格差の文脈で経済学者が注目するのは 「“人的資本の差で”説明できない格差」である(以下、「説明できない格差」)。一方、「“人的資本の差で”説明できる格差」もある(以下、「説明できる格差」)。
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