選挙結果は世界にどう影響する?

 選挙後にねじれが生じたとしても、外交や防衛などは総統の専権事項であり、ただちに対外政策が大きな影響を受けるわけではありません。しかし、中国との関係は懸念材料です。政権の不安定さを見越した中国がECFA(海峡両岸経済協力枠組協定)打ち切りのような台湾経済に打撃を与える措置を講じたり、親米の民進党政権の批判を拡大したり、あるいは情報工作を活発に展開したりして、台湾政治や世論に動揺を与える可能性があります。

 日本では2023年を通じて、台湾有事が盛んに議論されました。議論の多くは、中国の人民解放軍が台湾に対して空路・海路から武力侵攻するというシナリオでした。しかし台湾の安全保障当事者が本当に懸念しているのは、中国が情報工作やサイバー攻撃を通じて台湾社会に動揺を与えて不安定にし、中期的に「平和的統一」への圧力をかけてくる戦略です。この絶好のいとぐちが、民進党政権下でのねじれ構造となり得るのです。

4年に1度の総統選挙では、フェイクニュースの拡散など中国による介入工作が行われていると台湾人は考えている。選挙管理当局はメディアに対し、選挙関連の広告を掲載する際に、広告主が「海外勢力」ではないか確認するよう呼びかけている(画像:台湾中央選挙委員会

 一方、政権交代が起こり、親中の国民党政権が発足した場合はどうでしょうか。

 この場合は中国が、貿易や人的交流で台湾を優遇する「太陽政策」を打ち出し、台湾国民の人心掌握と平和的統一を急ぐことになりそうです。ただ、民進党の支持率が決して低くはありませんから、国民党政権があまりに中国に歩みよると、2014年のひまわり学生運動(中国に急接近した国民党・馬英九政権への抗議運動)と同じような激しい抗議活動が起こる可能性があります。

 中国の習近平は「祖国の統一は歴史的な必然」(2023年末のテレビ演説)と強調し、台湾統一の意欲を隠さない以上、総統選後の中台関係が波乱含みになるのは確実です。

 そして最大の変数は、中台の外にあります。米国の姿勢です。

 米国は今、ウクライナ戦争とイスラエルのガザ侵攻という2つの安全保障上の難問に直面しています。特に中東問題は米国政治にとって常にアジア問題よりも優先的に対処されてきました。こういった中、第3の火種として台湾海峡の情勢が緊迫化した場合、米国が積極的に関与するかは不透明です。

 さらに、11月の米国大統領選挙でトランプの再登場となった場合、「アメリカ・ファースト」政策が増える可能性があります。そうなれば、バイデン・蔡英文の蜜月期には暗黙の了解だった「米国による台湾への関与」の姿勢も急速に変わっていくでしょう。

 台湾国民は新しい総統に誰を選ぶのか。有権者1950万人の判断は、台湾・中国の関係だけでなく、米国と中国、アジア全域、そして中東情勢にも影響を与えるスケールの大きな選択になるのです。

杉本りうこ(すぎもと・りゅうこ)
フリーランス記者。神戸市出身。神戸女学院大学卒業後、北海道新聞社、北京留学(北京語言学院、北京大学新聞伝播学院)を経て2006年に東洋経済新報社に入社。ハイテク分野などの取材を経て、中国会社四季報編集長、週刊東洋経済副編集長を務めた。2019年以降にダイヤモンド編集部副編集長、NewsPicks副編集長を務めた後、2023年12月にフリーランスとして独立。「経歴に副が多く、体型は福々しい」がキャッチフレーズ。憧れはエリック・ホッファー。

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「誰も知らない世界を 誰もが知る世界に」を掲げる取材記者グループ(代表=高田昌幸・東京都市大学メディア情報学部教授)。2019年に合同会社を設立し、正式に発足。調査報道や手触り感のあるルポを軸に、新しいかたちでニュースを世に送り出す。取材記者や写真家、研究者ら約30人が参加。調査報道については主に「スローニュース」で、ルポや深掘り記事は主に「Yahoo!ニュース オリジナル特集」で発表。その他、東洋経済オンラインなど国内主要メディアでも記事を発表している。

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