我々はごく表面的なことしか知らない

 例えば、自治体の窓口で相談にのってくれる職員の場合である。窓口を訪れる人は、何らかの事情で生活や人生が追いつめられており、この相談を頼りに事態が打開できることを期待していることが少なくない。

 しかし、その訪問者には見えないことだが、窓口の相談員の多くが専ら非正規雇用であり、最低賃金程度の時給で働き、ほとんど昇給もなく、来年も仕事が続くか保障のないまま、自らの生活や仕事や人生に不安を抱えている。そういう人が相談相手となる状況は近年ますます増えている。こうした事実や変化は、外からだけ見ていてはわからないのである。

 日々お世話になるゴミ収集車の場合も同様である。傍から見ていると、ゴミ収集を行う人たちは仕事を分担して同じような条件で働いているかに見える。しかし、実際には、同じ1台の車に、現業職の正規公務員、清掃局と委託契約を結んだ民間業者の運転手、委託事業者の労働者、労働者供給事業からの日々雇用の派遣労働者がまざって働いている可能性がある。作業を共同で行うわずか数人の間でも、処遇は分断され、労働条件がそれぞれ大きく異なっているのである。

 私たちはゴミが集められる様子を何年見ていても、働く人たちの雇用形態・労働条件の違いやその変化に気がつけない。

ブルーインパルスの飛行を見上げる医療従事者(写真:ロイター/アフロ)

 つまり、私たちが知っていると思い込んでいるのは、目に見える表面的な一部にすぎないのである。自分がそのサービスを経験している場合であっても、本当の働き方の実態やその変化をわかってはいない。だからこそ、エッセンシャルワーカーの実際の働き方、その条件は、それぞれの業種に即して、あらたに調査・研究されなければならないのである。

 そのために、最初に求められるべきなのは、社会にとって必須の仕事をしている人々の仕事、働き方とその条件、それが働いている人にもたらしている状況を、それぞれの仕事、業種に即して具体的に解明していくことである。>>後編:ドイツのマクドナルドには正規/非正規雇用の区別なし、全員が「正社員」待遇