コロナで医療崩壊が起きた英国(写真:ロイター/アフロ)

 コロナ禍において日本は欧米に比べると、感染者数、死者数ともに少なかった。それにもかかわらず、医療へのアクセスが困難となる問題が顕在化し、医療逼迫を理由にたびたび緊急事態宣言が発出、延長された。

 今夏、日本医師会では、日本よりも感染者数・死者数が圧倒的に多かった欧州の英仏独3カ国で大規模な訪問調査を行った。そこで分かったのは以下の事実だ、ドイツでは、開業医の活躍が防御壁となり医療崩壊を免れ、死者数を少なく抑え込めたこと。他方、英国では「かかりつけ医制度」がありながらコロナ禍では機能せず、医療崩壊が起き、現在もその負の影響が続いていることだ。

 欧州の事例はパンデミック(感染症の大規模な流行)への将来の備え、日本の医療改革を考える上で大いに参考になる。調査報告(『【欧州医療調査報告書 概要版】英・独・仏の“かかりつけ医”制度』)をまとめた同機構の主席研究員で医師の森井大一氏に話を聞いた。(聞き手:大崎 明子、ジャーナリスト)

英国の「かかりつけ医」の実態

──再びパンデミックが起きたときへの備えとして、「日本にも『かかりつけ医制度』が必要だ」という記事をよく見ます。しかし、今回の報告書では、英国では「かかりつけ医制度」があったにもかかわらず医療崩壊が起き、今もなお医療現場は厳しい状況にあるとされています。

森井大一(敬称略、以下、森井):まず、議論を正確にするために整理しておきたいのですが、「かかりつけ医“制度”」と言った場合は、第1に個々人の「かかりつけ医」があらかじめ決められる「登録制」、第2に国が「かかりつけ医」の資格を出す「認定制」、第3に支出は年間で一人当たりいくらと決めておく「人頭払い」という3つの特徴を持つものか、少なくとも登録制を持つものを指します。

 こうした制度を採用しているのが英国なんです。

 一方、日本で一般の人が「かかりつけ医」としてイメージするのは、「内科医」「眼科医」「耳鼻咽喉科」といった専門にこだわらずに、体調不良全般を見てくれる、ということではないでしょうか。これを、私たちは「かかりつけ医機能」と呼んでいます。

 ところが、英国のGP(general practitioner)と呼ばれる「かかりつけ医」は患者の住居、生活環境、雇用、孤独や人間関係といった悩みを聞く「よろず相談所」のようになっていて、社会相談に忙殺されて、医療機能に集中できていません。血液検査やレントゲン写真の撮影もあまりしないのです。

──「かかりつけ医」という言葉から私たちが想像するものとは違うんですね。

森井:ですから、コロナが流行すると、発熱患者はA&E(accident and emergency)と呼ばれる救急外来に押し寄せ、たちまちオーバーフローしてしまいました。最初は同様の状況だったフランスは後に軌道修正しましたが、英国では第2波(2020年冬頃から2021年春頃まで)でも軌道修正されませんでした。

 その結果、急性期病院に大きな負荷がかかって対応しきれなくなり、欧州で最多クラスの死者数を出してしまいました。もちろん、GPの中でもホットハブという臨時診療所を立ち上げてコロナに対応しようという動きはあったのですが、部分的なものに限られました。