(土田 陽介:三菱UFJリサーチ&コンサルティング・副主任研究員)
ドイツ最大の経済団体であるドイツ産業連盟(BDI)が6月5日付で公表したアンケート調査によると、ドイツの中小企業の5割近くが国外移転を強化する方針を示したようだ。具体的には、すでに回答した企業の16%が生産拠点の一部を国外に移転した他、30%が国外で新規の設備投資を行う計画を立てているとのことである。
主な投資先としては、欧州連合(EU)に加盟している他の諸国(29%)に加えて、北米(20%)が検討されている。米国に関しては、ジョー・バイデン政権による「インフレ抑制法(IRA)」の影響が色濃い。バイデン政権はIRAで、電気自動車(EV)を購入した米国民が、多額の税制控除を受けることができるようにした。
当初、税制控除が適用されるのは、北米で生産されたEVやPHV(プラグインハイブリッド)の完成車に限定されていた。その後、パーツの50%以上を北米で生産するか、バッテリーの材料となる鉱物の40%を米国か米国と自由貿易協定(FTA)を締結した国から調達するなら、税制控除が受けられるように措置が厳格化された。
IRAの発効で、北米向け輸出の依存度が高いEUの自動車メーカーが北米に生産拠点を移すことは、当初より懸念されていた。EUの執行部局である欧州委員会は、3月9日に国家補助(state aid)規制を改正し、各国による企業への補助金の給付ルールを簡素化・迅速化するなど、IRAへの対抗を図っている。
とはいえ、IRAには抗いきれていない。そもそもIRAは、脱炭素の観点から米国でEVやPHVの普及を後押しするととともに、国内の産業と雇用を保護する目的で、バイデン政権が採用したものである。米国の保護主義は今に始まったことではないが、EUが心血を注ぐ脱炭素政策が、その流れに拍車をかけたと評しても過言ではないだろう。
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