(立花 志音:在韓ライター)
「お母さん、僕は洪準杓(ホンジュンピョ)みたいな人が、韓国の大統領になったらいいと思うんだけどな」
今になって洪準杓かあ……。筆者の頭の中で、朴槿恵元大統領が弾劾されたあの頃が、走馬灯のように一気に駆け巡った。
洪氏は朴槿恵元大統領の弾劾を受け、実施された2017年の大統領選挙で保守派政党、自由韓国党の党候補だった人物だ。つまり、文在寅前大統領の敵候補である。
韓国保守が一度死んだあの年のことなど、みんな忘れてしまっているだろうが、今でも筆者にとってはトラウマみたいなものだ。当時の様子が一コマ思い出されるだけで、一気に脳内全体がそれに奪われる。最新のメタバースにも、まだまだ人間は負けてないなと思えるほどだ。
あの頃は、韓国ポピュリズムが暴走を始めて、この国は間違った方向に向かっていると、指摘する政治家は誰もいなかった。
宗教も完全に機能不全に陥った。一度立ち止まれ、この国は神を捨て、人々は血迷っている。落ち着いて神の声に耳を傾けよと、叫ぶ牧師も誰一人いなかった。
弾劾デモがお祭り騒ぎになった人ごみの隙間で、悪魔がケラケラと笑っていたかのようなあの感覚が、今でも忘れられない。
筆者は当時、韓国保守は死んだと思った。朴元大統領弾劾の勢いが、この国を飲み込んでいる中で、次の大統領が保守系政党から出ることは絶望的だった。
それでも、洪氏は委縮した保守を立て直すと宣言して大統領に立候補した。文在寅前大統領に敗北した後に、自由韓国党の党代表に選出されたが、翌2018年の統一地方選挙でも党が惨敗したため引責辞任している。
筆者はなぜ息子が、今さらながら洪氏の支持するようになったのか、聞いてみることにした。
息子は洪氏のインタビュー動画を見せてくれた。そこで洪氏が話していたのは、「この国は選挙で大統領を選んでも、大統領の足を引っ張ることばかりする。自分の国の大統領なら、大統領を助けようと、応援しようとするべきだ」という内容だった。現職の尹大統領を皆で支えるべきだという話だ。
息子はその言葉に感動したらしく、なぜこんなにまっとうなことを話す人が大統領に選出されないのかが不思議だと言うのだ。
その息子の姿を見ながら微笑ましく思うと同時に、「まだまだ10年若いな少年よ」と思うのだった。
息子の言い分は誰が聞いても、ど真ん中の正論だ。でも政治なんてものはそんな簡単にはいかないのだ。洪氏もそんなことを言っておいて、自分の政敵である文在寅氏が大統領だった5年間は、助けようなんて微塵も思っていなかっただろう。
現在、洪氏は朴元大統領の自宅があり、韓国保守の最後の砦とも呼ばれる大邱市の市長である。あえてツッコミを入れるならば、めちゃめちゃ安全パイの場所を選んで市長の席を手に入れたのだ。
そんな大邱で桜が散った頃、信じられないような事件が起こった。大邱市立交響楽団と合唱団の合同で公演予定だったベートーベンの交響曲第9番「合唱」が、宗教的偏向を理由に公演禁止に追い込まれたのだ。
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