これまで囲碁界は「教え方の研究」をしてこなかった
――吉原さんもブームをきっかけに囲碁の普及に力を入れるようになったのですか。
吉原 普及活動はプロになった直後からやっていたのですが、ヒカルの碁がきっかけで、いきなり激務になりました(笑い)。しょっちゅうイベントに呼ばれたり、忙しすぎて当時の記憶がないほどです。
──吉原さんは慶應義塾大学を卒業してすぐプロになりましたが、その頃からすでに囲碁の普及活動をされていたのですか。
吉原 ありがたいことに、大学を出てプロになったばかりのときに、「NHK杯テレビ囲碁トーナメント」の司会をさせていただき、いろいろな場にお招きいただいたり、取材していただいたりするようになりました。ただ、手合いで1局も勝っていないうちからいろいろなお話をいただいて、正直戸惑いもありました。まだプロとしてやっていける自信がなかったので、いつも「どうしよう・・・」とびくびくしていました。
――『ヒカルの碁』で囲碁熱が高まったのは確かですが、その後のさらなる普及段階で「もう少しこうすればよかった」という反省点はありますか。
吉原 実はそれまで囲碁界は、わかりやすい教え方の研究をあまりしてこなかったという反省はあります。というのは、昔から囲碁は大学や会社などで先輩が碁を打っているのを見て覚えていく人が多く、覚え方や学び方、ましてや教え方の研究がほとんどされてこなかったのです。
──では、吉原さんは棋士になってから、どうやって教え方を学んだのですか。
吉原 『ヒカルの碁』をきっかけに、いろいろな場で教えさせていただくようになり、試行錯誤したり失敗したりしたおかけで、だいぶ上手に教えられるようになりました。今だったらもっとうまく教えられたのに・・・と残念な気持ちでいっぱいですし、一棋士としての責任も感じています。
――では、今は教え方の“メソッド”はだいぶ確立されてきたのでしょうか。
吉原 もちろん教え方は一つではありませんが、以前よりはかなり確立されました。また、今は手軽に囲碁を学ぶことができるツールもたくさん出ています。最近では私も開発に関わらせていただいた子ども向けの無料アプリ「囲碁であそぼ!」も、囲碁を覚えるのにとても良いツールだと自負しています。
ある篤志家の囲碁ファンの方が、何か囲碁が広まるアイデアはないかということで、こちらから提案したひとつにアプリがありました。そこから私も含めた棋士たちがアプリの内容を練りに練って1年半、とてもこだわって開発・リリースしました。保護者向けのルール説明も入っているのですが、囲碁ができない大人でも3分ほどでルールが覚えられます。
また、このアプリには日本地図を取り入れ、戦国武将が登場したりするので、学習の要素もあります。これを使ってたくさんの子どもたちにまた碁を始めてもらいたいです。最近は小学校でもタブレット教育が進んでいますので、そこにこのアプリが入っていたらいいなというのが私たちの夢です。
──ただ、将棋と比べて囲碁はルールを覚えても、相手と打てるようになるのに時間がかかるゲームです。囲碁がしっかり打てる子どもたちを育てていくというのも大変なことですよね。
吉原 これまでは囲碁を覚えた後に育てていく環境が整っていなかったのですが、今は東京では何カ所か育成教室がありますので、当時のヒカルの碁のようなブームがきても、子どもたちをきちんと育てられると思います。
強い弱いにかかわらず、子どもたちは教室に行くと仲間ができます。そして、友達が頑張ると自分も頑張ろうと思うようになります。よきライバル、よき空間が強くなるうえでとても大事なことなのです。
――しかし、これだけ長い歴史のある囲碁なのに、教え方が確立していなかったとは驚きです。吉原さん自身も最初は見よう見まねで碁を覚えたのですか。
吉原 私の場合、碁ができない父がルールブックを読みながら教えてくれたのですが、何がなんだかよくわからなくて・・・(笑い)。そんなとき、たまたま「囲碁教室はじめます」のチラシがポストに入っていて、それから教室に通い始め、いつの間にか打てるようになりました。