最年少でタイトルを獲得した仲邑菫女流棋聖「強さの秘密」

──いま大活躍の仲邑菫女流棋聖も3歳から碁を始めて、9歳でプロ入り。そして13歳11カ月の最年少でタイトルを獲得しました。吉原さんから見て、仲邑さんの強さの秘密はどこにあると思いますか。

吉原 彼女自身の頑張ろうという気持ちや逃げない気持ちの強さだと思います。同じ環境を与えられても彼女と同じようにやれる子はほとんどいないのでは、と思うくらいメンタルが強いんです。

女流棋聖のタイトルを獲得した仲邑菫(撮影:内藤由起子)

――碁の内容、棋風というよりメンタルが成長に大きく影響するということですか。

吉原 もちろん彼女の碁の才能は言うまでもないですし、勝負強い。ただ、毎日毎日、積み重ね続けることは大人でも難しいですよね。自分の経験を振り返ってみても、そんなに小さいうちから毎日何時間も、反発もせずにきちんとやり続けられる子は相当少ないと思います。

――女性棋士の二強といわれている藤沢里菜女流本因坊、上野愛咲美女流名人・女流立葵杯・若鯉杯(男女混合棋戦)も、子どものころからずっと碁漬けの日々だったと聞きます。

吉原 里菜さんは7歳で入った洪道場(洪清泉四段が2005年に開いた囲碁教室。独自の教育方法でたくさんのプロ棋士を輩出)で毎日10時間も勉強していたそうですが、楽しかったと振り返っています。それは切磋琢磨する仲間たちがいたからだと思います。

対局を振り返る藤沢里菜女流本因坊(写真右、撮影:内藤由起子)

――やればやるほど碁は強くなるのですか。

吉原 8時間やっているのと13時間やっているのとでは、そこまで違わないと思いますが、いかに集中して取り組むかということです。いくら時間を長くかけてもだらだらやっていたら意味がないので、1日3時間でも真剣に取り組めば立派だと思います。

――囲碁をやると頭の回転が速くなると言いますが、実際にはどんな能力が身につくのでしょうか。

吉原 子どもなら集中力がつくのはもちろん、工夫する力も出てきます。たとえば石を取れそうにないと思ったら、どうしたら取れるか、また取る以外で有利になる方法はないか、などさまざまなシミュレーションをして答えを見いだそうとします。

 なにかできそうだと思って試行錯誤していくことはすごく大事なことで、あらゆる分野で必要とされる力だと思います。単に「これが間違いでこれが答えだよ」と教えるのではなく、自分で探す作業が大事なのです。碁ではそういった力が培われます。

 特に、碁を打っていると答えのない局面もたくさん出てきます。その局面で、自分なりに一番いいと思う手を選択していくのです。もちろん、それがうまくいったりいかなかったりもするのですが、やってみて結果が出て、どこがいけなかったのか自分で振り返り修正していく作業は、あらゆる場面、生きていくうえでとても大事な気がします。

 また、テレビなどでプロ同士の対局を見ていただくとわかりますが、勝っても相手を前にして喜ぶ人はいません。局後の様子は、一見するとどちらが勝ったかわからないほどです。負けの悔しさを十分知っているので、相手を思いやっているのです。これは日本のみならず、中国、韓国のプロ棋士も同様です。強くなるプロセスで心を育むことにもつながっているのです。

 中国や台湾では、子どもたちの囲碁がとても盛んですが、地頭を鍛えたり、心を育てる目的もあるようです。台湾では囲碁を学ぶことで成績が上がり、礼儀やメンタル面なども養われるということで、情操教育にも良いと口コミになり、囲碁を学ぶ人がとても増えたそうです。実際、毎週末のように千人規模の大きな大会が開催されています。

 日本でも『ヒカルの碁』ブームの時のように、またたくさんの子どもたちや保護者の方々に囲碁の魅力や効用を知っていただけたら嬉しいです。

吉原由香里(よしはら・ゆかり)
日本棋院東京本院所属の囲碁棋士(旧姓は「梅沢」)。1973年10月4日生まれ、東京都出身。故加藤正夫名誉王座門下。慶應義塾大学卒業後、1996年入段、1998年二段、1999年三段、2000年四段、2002年五段、2013年六段。2007年女流棋聖獲得、以後3連覇。現在は東京大学客員准教授も務める。

後編「『ヒカルの碁』ブームを率いた吉原由香里六段が語る”囲碁界の未来”」に続く