「さらに船体破損を疑うに至った大量の黒い油に関して、国は『推定で約15リットルから23リットル』という計算を根拠に、船体破損を否定していました。当時、生存者や救助に当たった仲間の証言をもとに油の専門家が水槽で行った再現実験では、最低でも数キロリットルから十数キロリットルの燃料油が漏れ出ていたと推定されています。国の報告書とは100倍以上の差があるんです」

なかったことにされてしまう危機感

 執念とも言える緻密な取材。何が伊澤さんをそこまでかき立てたのか。

「まず純粋に、船にいったい何が起きたのを知りたいと思いました。ある日、突然、夫や父や息子を亡くした遺族たちも同じ気持ちだと思います。そして、当初は事件性も疑われていながら、なぜその可能性は消えていったのか。事故の調査に際し、どのような議論があり、生存者の証言はなぜ軽視されたのか。国は全ての事故調査資料の開示を拒んでおり、調査資料の標目(資料名の一覧)もほとんど黒塗り。事故調査のプロセスが全く不透明なんです」

「今、この事故のことを追いかけているのは、おそらく私しかいない。そして、十数年経っているとはいえ、まだ、実際に事故を体験した人の話を聞くこともできる。自分が今記録に残さないと、助かった人たちの証言が永遠に失われてしまう、事故の体験がなかったことにされてしまう、こんな大事故なのに・・・。当事者も仲間の漁師たちも誰も納得していない、矛盾の多い報告書が、唯一の『正史』として歴史に刻まれていく。そうしたことに対する危機感に突き動かされて、取り憑かれたように取材を続けました」